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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(277)

第六章 「血と技」(277)

 朝食が終わっても、買い物のためにみんなが集合する時間までまだまだ間があったので、荒野と茅は、また盛大にいちゃつきながらベッドの上に戻る。もっとも今度は昨晩のように激しく交合するということもなく、せいぜい、お互いの身体を軽くまさぐりあいながら、だべる程度だったが。
 茅も、だいぶ体力がついたとはいえ荒野とは比較するまでもなく、昨夜の重労働による疲労が、まだ抜けきっていない。そこで、集合の約束をした時間まで、二度寝をするつもりだった。
 目覚ましを集合する時間の四十分前にセットし、二人でベッドに横になり、目を閉じる。すると、二人ともすぐに寝息をたてはじめる。
 こうして荒野は、ひさびさに二度寝を楽しんだ。

 その次に目覚ましが鳴った時、二人はスムーズに目覚めることができた。茅がパジャマのままいれてくれた紅茶を荒野が啜る間に、茅は着替えて外出の支度をはじめる。荒野は珍しく、ぼーっとしてテレビを眺めていた。
 土曜日の午前中にやっている番組など、毒にも薬にもならない穏当なもので、面白くともなんともないのだが、そうしたどうでもいい番組を見ることが出来る平穏、というのは、荒野にとっては貴重であり、それなりに価値がある、とも思っている。
 茅が、いつもよりも少し時間をかけて身支度を終えた頃、インターフォンが鳴る。
 荒野が玄関に出ると、傘を手にした飯島舞花が、珍しく一人で立っていた。
「なんだ、今日は一人か?」
 荒野は、挨拶も抜きに舞花にそう声をかける。
「ああ。
 さっきまで、一緒だったんだがな……みんなと買い物いくっていったら、恐れをなして逃げていった……。
 そういうおにーさんも、今日はつき合わないんだろ?」
「おお」
 荒野は、買い物につき合わないで済む口実があって良かった……と思いながら、胸を張って答えた。
「今日は、お客さんが来る予定があってね。
 ここ、空けるわけにはいかないんだ……」
 そんなことを話している間にやってきた茅が、荒野の背中を押し退けて、玄関にでる。
「おはようなの、飯島」
 靴を履いた茅は、舞花を見上げながら荒野を指さして、いった。
「昨夜は、六回なの」
 ……荒野が、「その回数」が、昨夜、茅の中に射精した回数だと思い当たるのに、しばらく時間がかかった。
「……ええ、っと……」
 舞花をしばらく視線を何もない上空にさまよわせ、茅がいったことの「意味」を考える。
 そして、はっとした表情で荒野の顔をみて、
「そうか……。
 がんばったな、おにーさん……」
 と、しみじみとした口調で呟いて、頷いた。
「うちは、昨日は四回で打ち止めだったなぁ……。
 今夜は、もうちょうっと頑張って貰わないと……」
 などといいながら、舞花は茅の背中に手を回して話しかけながら、後ろ手にドアを閉めて去っていく。
「……荒野は六回だけど、茅は数え切れないくらい……」
 などという茅の声が扉の向こうから聞こえてきたが、最後までは明瞭に聞きっとることは出来なかった。

 立ち尽くして、閉まった玄関の扉を見つめながら、
荒野は「……茅の交友関係は、一度見直した方がいいかもな……」などと、ぼんやりと考えた。

 その後、荒野は、茅が多めに用意してくれた紅茶を啜りながら、勉強道具をキッチンテーブルの上に広げ、黙々と学校の勉強を行う。時間をかければかけるほど、内容が頭に入ってくる、ということは、経験上、わかっているから、ともかくも今は、裂けるだけのリソースをつぎ込むより他、ない。
 受験対策、ということに関していえば、英語や数学、物理関係の内容はだいたいのところマスターしている荒野は、実は、平均的な同学年の生徒たちに比較して、かなり有利な位置にいる。英語に関していえば、当初、晦渋に思えた学校文法特有の言い回しや用語などに関しても、その成立理由などを理解した今では、それなりに使用法をマスターしている。比較的弱かった人文系の科目についても、最近の荒野は教科書に記載されている範囲を超えた部分にまで興味を示しており、実のところ、荒野にとっては学校の成績やら受験勉強やらはあまり身近に感じられない世界だったわけだが、その自己認識に相違して、実際の理解力の方は、かなり充実してきていた。

 昼まで少し間がある時間に、約束通り、佐久間沙織が尋ねてきた。沙織が玄関に現れるのと同時に、沙織の祖父にあたる、佐久間源吉も、どこからともなく姿を現す。
 源吉は、涼治配下の者であり、荒野は、源吉が普段から姿を隠して荒野たちを監視している、と、理解している。その予想について、源吉自身は、否定も肯定もしていないのだが。だから、沙織の来訪にあわせて「姿を現して」も、実は、そのずっと前から源吉が室内にいた可能性も否定できないのであった。他者の認識に対して任意の操作を可能とする佐久間の技は、慎重に使用すれば、大抵のことを可能とするし、荒野も、源吉が害意を持たない限りは下手に介入するつもりはなかった。
 二人が揃ったところで、荒野は冷蔵庫に保管しておいたマンドゴドラのケーキを取り出し、コーヒーメーカーをセットする。茅が不在であることは、二人にはあらかじめ告げていた。
 コーヒーとケーキを配ったところで、荒野は、自分の分のマグカップを持って、「ひと段落したら、声をかけてください」と声をかけておいて、早々に別室にひっこんだ。
 ひさびさの肉親同士の邂逅に水を差すつもりはなかったし、茅から源吉に対して、佐久間の技について尋ねてみるようにと言付かっていたのだが、それについては別段、急ぐ必要もないし、質問の性質を考慮すると、正面から聞いたとしてもはぐらかされる可能性も大きかったので、荒野はまず、二人きりで話し合う環境をつくることを優先した。

 キッチンに二人を放置し、再び自分の勉強にいそしんだいると二時間ほどの時間があっという間に過ぎ去り、遠慮がちなノックの音がして、沙織が荒野を呼びにきた。
 荒野がでていくと、源吉が荒野に向け、深々と頭を下げる。
 荒野は、
「こういう場所を定期的に設ける、という約束だったから……」
 といって、源吉に顔をあげさせた。
 遙かに年長の、熟練の術者である源吉に丁重な態度をとられるのは、荒野にしてみれば、非常に、くすぐったい。背中がむず痒くなる。
「……もう、ご存じと思いますが……」
 荒野は、テーブルに座って、源吉に話しかけた。
「現象と梢という、佐久間が、先日から、この町に滞在しております。
 茅やあの三人に対して、佐久間の技を教えるため、です。
 それに先だって、源吉さんに、佐久間の技について聞いておくように……と、そう、茅から、言付かっております」
 椅子に腰掛けると、荒野は、一気にそうまくし立て、
「……もちろん、支障がない範囲内で、結構ですが……」
 と、付け加える。
「……佐久間も……変わりましたなぁ……」
 源吉は、直接荒野の質問には答えず、まずはそう感嘆してみせた。
「佐久間が、というより……茅とかあの三人が存在する、って事態の方が……イレギュラーすぎるんでしょう……」
 荒野は、軽く肩を竦めた。
「それに、おれたちが悪餓鬼と呼んでいる、襲撃者の存在、という要素もある……」
「……その、悪餓鬼たちの背後などについて、ですが……」
 源吉は、直接荒野の問いには答えず、話題をそらせた。
「なんぞ、具体的な目鼻がつきましたか?」
「まだ、人を頼って探らせはじめたところで……」
 荒野は、ゆっくりと首を振った。
「……推測や推論はいくつか用意しましたが、具体的なことは、何も……。
 確実に、わかっているのは……あの一党の中に、三人以上の身体能力を持つ者が、おそらくは、二人以上、いる……ということだけです……」
 商店街に向け、脅威的な距離をこえて、それなりの重量のあるガス弾を手で投擲した……という事実から、その程度のことは推測できたが……それ以外のこととなると、はっきりとしていることは皆無に等しいのだった。




[つづき]
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