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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(278)

第六章 「血と技」(278)

 荒野は、シルヴィを経由して姉崎に、静流を経由して野呂に調査を依頼していることを、簡単に源吉に説明した。別に説明する必要も必然性もありはしないのだが、こちらからある程度情報をオープンにして、協力的な態度をとっておいた方が、今後、源吉の協力を仰がねばならないような必要が生じた時、やりやすいだろう……と、荒野は判断する。
「……後は、調査待ち、っていうところですね……」
 悪餓鬼どもの捜索に関して説明した結びとして、荒野はそういい添える。
 荒野にとっては現在の生活を、半永久的に、とはいわない。せめて、茅が無事に卒業するまでの間、保持するのが、まず第一の目的なのであった。
 だから、そっちの捜索に関しては、自分自身で出張るつもりはないし、性急な成果も期待してはいない。
「……なるほど……」
 源吉の反応は、そういって頷いただけだった。
 既知の情報がほとんどダったからかも知れないし、監視対象である荒野に干渉すること恐れ、口出しを控えているようにも見える。
「それで、茅から、なんですけど……差し障りのない範囲で、佐久間の技について……」
「……それは……すでに教師役が派遣されてきている以上、それがしごときが口を挟むこともないでしょう……」
 源吉は、そういって首を振る。
「それがしは、すでに佐久間本家の差配を離れた身ゆえ……」
 佐久間本家が、茅たちにどこまで技を教授するつもりなのか、はっきりしない以上、よけいな口は挟みたくない……ということ、らしかった。
 ある意味、荒野が予想していた通りの反応である。
「それじゃあ、今度は、先輩に……」
 そう思った荒野は、今度は質問の矛先を沙織に変えた。
「茅……来年度に、生徒会長の候補になるって、いってますけど……」
「ああ。
 あの話し……」
 沙織は、頷く。
「前々から相談を受けていたけど……茅ちゃんなら、いい生徒会長になれると思うわ……」
「いや……あれ、選挙があるってきいているから、そんな、もう当選したような言い方をされても困るんですが……」
 荒野は、苦笑いをしながら、沙織に尋ねる。
「そもそも……生徒会長って、なんなんですか?」
「茅ちゃんなら、もう当選したも同然。
 加納君が想像している以上に、あの子、校内で顔が売れているし、それに頼りにされているもの」
 沙織は、平然と答えた。
「それに……生徒会長とは、何か……という質問、だったわね。
 表面的なことをいえば、選挙で選ばれる、全校生徒の代表。しかし、実体に即していうのなら、その権限は大幅に制限されているし、うまみとか役得がほとんどない雑用係。
 なんでそんなものを、わざわざ選挙までして生徒に選ばせるかというと……おそらく、この国は、民主主義国という建前になっているから、学生のうちに選挙の雛形を体験させたいんじゃないかしら?
 そのせいか、自分から生徒会役員に立候補する殊勝な生徒は滅多にいないし、だから、顔が売れている茅ちゃんが立候補すれば、まず当選するわ。だって、対立候補がいないんですもの……」
「茅が、その、大抵の生徒が二の足を踏む雑用係に立候補なり当選なりをしたとして……その、メッリトは?」
「当選して……真面目に仕事を完遂した場合……」
 沙織は、真面目な顔をして頷いた。
「……内申が、よくなるわね」
「いや……その程度のことは、流石におれにも想像できますけど……」
 荒野が不満そうな顔をすると、沙織は、「冗談……」と、笑った。
「真面目な話し……茅ちゃんが生徒会長に当選して、彼女の能力をフルに使って仕事をしたとしたら……」
 あの学校、県で一番いい学校になっていても、おかしくないわね……と、沙織は答えた。
「成績とか、そういうことだけではなくて……彼女、今の状態でも、周囲の人脈フルに使ってやりたい放題やっている、中心人物の一人じゃない。
 玉木さん、徳川君、有働君、才賀さん、楓ちゃん……とか、それに、あの三人とかも、来年度から、入学する筈よね。
 彼ら、彼女たちが、今までゲリラ的にやっていた活動に……対外的な、中心というか……申し分のない、コアを与えることになるわ……。
 同じ活動でも、従来の有志だけでやる活動と、生徒会の公式な活動としてやるのとでは……外部からみた時の、信用度が変わってくる。生徒会や学校の課外活動、という建前が足枷になるようだったら、今まで通り、別のフレームで動けばいいことだし……」
「なるほど……」
 沙織の言葉に、荒野は、頷いた。
「茅は……校内での活動の、御旗になるつもり、なのか……」
「加納君自身は、来年、三年生だし……受験がなくとも、他の人たちの面倒をみたり、イレギュラーな出来事に対処するだけで、手いっぱいでしょ?」
 沙織は、そういって肩を竦める。
「その点、茅ちゃんなら、適任だと思うけど……」
「そう……すね……」
 荒野は、今ではそれぞれの思惑で、個別に動いている仲間たちの顔を思い浮かべながら、頷く。
「茅が、生徒会長になれば……ちょうどいい、対外的なコアになり得る……」
 ひょっとすると……自分なんかよりも、茅の方が、この土地での「足元」が見えているのかも、知れない……と、荒野は思いはじめる。
「加納君も、気づいていると思うけど……。
 君たちがやってきて、動きはじめてからこっち……学校も、この周辺も……少しづつ、変化しはじめているわ……」
 荒野は、沙織の言葉に、黙って頷く。
「……それは……君たちからみれば、自分たちを異物として排除しようとする、この世界全般に対する反抗……あるいは、悪足掻き、みたいなものなのかも、知れないけど……その足掻きの影響が、徐々に出はじめている。
 学校や商店街が、いい例で……」
 この言葉にも、荒野は頷いた。
 心当たりがある……どころの、騒ぎではない。
「わたしは、もう、卒業だから……この先、あの学校がどう変わっていくのか、見届けることはできないけど……。
 加納君や茅ちゃんなら、しっかりやってくれる。
 そう、信じているから……」

 昼過ぎ、まだ夕方と呼ぶには早すぎる時間に沙織と源吉は帰っていった。
 二人を見送った荒野は、
「……久々に、買い物にでも行ってくるか……」
 とか、ひとりごち、冷蔵庫の中身をざっとチェックしてから、傘を持って外出する。
 ここのところ、茅から「家事に手出し禁止令」がでているのだが、今日はその茅に用事があって外出しているし、雨も降っている。
 それに、荒野自身が一日中、マンションの中でくすぶっていることに飽きはじめていたので、気分転換がてらに食料の買い出しをするくらいは、別に構わないだろう……と、荒野は判断する。

 外は、相変わらずの土砂降りだった。商店街までの決して長くはない距離を歩いただけでも、荒野の膝から下はすっかり濡れてしまっている。普段はあまり意識しないが、こういう気候に行きあうと、日本というのは、やはりモンスーンの風土なのだな、と荒野は思う。
 荒野がこれまで知っている土地といえば、一年中乾燥しているか、一年中蒸し暑く湿っているかのどちらかで、乾燥した冬のさなかに、雪ではなくまとまった雨が降る、というのも、荒野にしてみればかなり珍しい体験だった。
 三島からは、「日本の夏は、蒸すぞー、暑いぞーっ!」と、今から脅されている。
 そんなことを考えながら、雨のせいか、週末にしては人影がまばらな商店街に入ると、長ネギのはみ出た買い物籠をぶら下げた、白衣姿の徳川篤朗とばったり遭遇した。
 相変わらず、太った黒猫を頭に乗せ、四歳児の姪、徳川浅黄を連れている。
 ……この場に、一番似つかわしくない格好であり、人物だ……と、荒野は思った。




[つづき]
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