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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(279)

第六章 「血と技」(279)
 
 無視するわけにもいかないので声をかけると、徳川は、
「加納か」
 と頷いてみせた。
 その後、
「ごらんの通り、また姉が、留守なのだ……」
 と、手をつないでいた浅黄を示してみせる。
 荒野が身をかがめて、浅黄に「こんにちわ」と声をかけると、浅黄は、
「ネコさんはー?」
 と、語尾を上げてみせた。
 浅黄は、茅のことを「ネコ耳=ネコさん」として記憶しているらしい。
「ネコさんはねー。
 今日は、みんなでお買い物に出かけているんだよー」
 荒野は、浅黄にそう説明する。
「……ネコさん……いないの?」
 荒野の説明を理解したのかしないのか、浅黄は、首を傾げた。
「今は、いないねー」
 荒野は、重ねてそう説明する。
「夕方か夜には帰ってくると思うけど……」
 浅黄は、とことこと歩み寄ってきて、荒野の臑にがっしりと抱きついて、
「……ネコさんのおうちにいくーっ……」
 とか、騒ぎだした。
「そうか」
 荒野が返事をする前に、徳川がしたり顔で頷いた。
「浅黄は、今夜はそっちにお泊まりか……」
「……をい……」
 荒野は少し凶暴な目つきになって徳川を睨んだ。
「いや、助かるのだ。
 ここ数日、浅黄の相手をしていて、自分の研究がおろそかになっていたところなのだ。
 そうかそうか。
 今夜は、加納が浅黄の世話をしてくれるか。
 お前たちが遊び相手になってくれる方が、浅黄も喜ぶのだ……」
 などといいながら、徳川は、じりじりと後ずさっていく。
 おいすがろうにも、浅黄ががっしりと荒野の足に抱きついているので、動きがかなり制限されて、それもままならない。
「……ま、いいけどな……。
 茅も喜ぶだろうし……」
 荒野は、徳川の姿がかなり小さくなってから、そっとため息をついた。
「……浅黄ちゃん、なにか食べたいもの、あるかなぁ?
 お買い物が終わったら、ケーキ屋さんで休んでいこうな……」
 荒野は、浅黄の手をとって歩きはじめる。

 浅黄を連れていたのであまりかさばる荷物を抱えることも出来ず、申し訳程度の買い物をしてからマンドゴドラに立ち寄り、ひさびさにマスターの顔をみて挨拶をして、夕食まで少し間があったので、浅黄にケーキとジュースをご馳走した。
 浅黄が口の周りにクリームを付着させながらケーキを食べている間に、荒野はマスターと軽く立ち話をする。
 例のバレンタイン・イベントの時の忙しさは少々異常だった、今くらいに落ち着いている方が、やりやすい……というのが、マスターの意見だった。
「……儲けにはなるから、たまには、ああいう浮ついたのもいいけど……。
 お祭り騒ぎみたいなのは、たまにやるからいいんであって……一年を通してはやりたくはないなぁ……」
 というあたりが、マスターの本音であり、商店街の人たち、大多数の意見だろう、と、荒野は思う。
 マスターの話しでは、マンドゴドラに関していえば、年末のイベントと併せて、それまで店の存在を知らなかった人たちに、店の存在と味を知らせるいい機会にはなった、事実、ネット通販の方も、当初の予想を超えて、一定した発注があるという。
「あとな。
 君らの仲間の、才賀さんか。
 あの子が飛び回って、商店街の人たちをいろいろと説得しているようだけど……」
 そちらの方も、ぼちぼちはじまっているらしい。
 マスターの話しによれば、孫子に口説かれて宅配サービスを開始した店が、地味にじわじわと売り上げを伸ばしているらしかった。
「……よくよく考えてみれば、固定客をがっしりつかむシステムだからな。一気に売り上げを伸ばす、ということはないにしても、一度宅配の契約したお客さんは、継続して買ってくれるようになるわけで……一種の囲い込み、みたいな効果は期待できるわけだし……。
 ここいらへんも、だいぶ高齢化が進んでいるから、お客さんにとっても便利だしな……」
 ……ただ、店を開いて、漫然とお客が来るのを待っているよりは、ずっといい……という。
 もう少し時間が経過すれば、今は様子見している商店主たちも、どんどん孫子の会社と契約していくのではないか……というのが、マスターの見方だった。
 荒野は、そういう商売とかサービスとかについて、定見がもてるほどの見識もなかったが、それでも、話しを聞く限りでは、かなりうまく行っているようだった。
 あまり実感はなかったが、よくよく考えてみれば、荒野も孫子の会社に少なからぬ金額を出資しているわけで、その事業が順調にはじまっていることは、素直に喜ぶべきなのだろう……と、荒野は思う。

 傘をさしながら浅黄の手を引いて、マンションへ帰る。結局、たいした買い物もせず、荷物も少なかったが、浅黄が歩く速度にあわせたため、いつもの倍近くの時間がかかった。
 マンションに戻ると、まずは雨に濡れた浅黄の身体にごしごしとバスタオルを押し当てて、できるだけ湿気をとる。浅黄の来訪自体がとっさのことであり、当然、浅黄の着替えなどあるわけもなく、浅黄も衣服に関しても、できるだけ水気を抜いて暖房を少し強めに設定する、程度のことくらいしか、できなかった。
 浅黄は、傘をさすのがあまりうまくなく、というよりも、自分の身体が雨が濡れることにあまり頓着する様子がなく、下半身がかなり濡れていた。短パン姿だったので、靴下を脱がしてバスタオルでよく水滴を拭えば、かなりましな状態になったが。
 浅黄の身体を拭いて、テレビをつけてケーブルテレビの中からアニメ番組ばかりと放送しているチャンネルを選択し、テレビの前に浅黄に置き、キッチンに買ってきた荷物運び込んで、冷蔵庫に収納する。
 それから茅に、「徳川に押しつけられて、浅黄が泊まりに来た」ということをメールで伝えると、手が空いていたのか、すぐに茅から電話がかかってくる。浅黄がオムライスを食べたがっている、と告げると、「水を少な目にして、ご飯を炊いておいて」といわれた。茅の他に、酒見姉妹も来るつもりらしい。
 茅の指示通りに炊飯器をセットして浅黄と一緒に子供向けのアニメをみていると、ご飯が炊きあがるかどうか、というタイミングで酒見姉妹を引き連れた茅が帰宅してきた。荷物は、以前のように配送するよう手配したのか、手ぶらだった。
 浅黄は、はじめてみる酒見姉妹にひどく驚いた様子で、最初のうちこそ荒野の後ろに隠れていた。が、茅が、料理をする間、酒見姉妹に浅黄の面倒をみるように、と命じると、酒見姉妹が左右から浅黄にまとわりつきはじめ、そうすると浅黄もすぐに双子の存在に慣れて、二人の背中や肩に乗ったりして、酒見姉妹を玩具にするようになった。
 茅は、刻んだタマネギとたっぷりのトマトケチャップと共にご飯を炒めている間に、荒野に玉子の用意をして、といい、荒野はボウルの中に玉子を多めに割って、よく混ぜ合わせ、それが済むと、冷蔵庫にあった適当な野菜をちぎってサラダを用意しはじめた。
 炒めたご飯を皿に盛りつけると、茅は素早くティーポットに茶葉をいれ、お湯を注ぎ、蓋をして蒸らしてから、フライパンを温めてサラダオイルとバターをなじませ、手早く人数分の半熟オムレツを作っては、ケチャップ炒めライスの上に置いていった。
 もはや熟練さえ感じさせる、流れるような手つきだった。
 そうしながら、酒見姉妹に声をかけ、ティーカップを用意させ、蒸らし終わった紅茶を注ぐ。浅黄の分には砂糖とミルクを多めに加え、少し甘めにした。




[つづき]
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