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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(282)

第六章 「血と技」(282)

 翌朝、荒野はインターフォンの連打で目覚めた。
 慌てて起き上がり、玄関にでてドアを開けると、
「「「……おっはよぉーっ!」」」
 テン、ガク、ノリの三人が、コンビニのビニール袋を手にして立っていた。
「昨日、あれからこっちは、みんなでどんちゃん騒ぎになっちゃってさぁ……」
「泊まり込んだ人ともども、みんな居間を占拠して寝ているし……」
「だから、こっちで朝ご飯、食べさせてね……」
「あっ、かのうこうや、珍しく、パジャマじゃん」
「なに、今まで寝てたの? いつもはもっと早い時間から起きているのに?」
「っていうか、かのうこうや、寝起きでパジャマっていうのが珍しくない?」
「いつもは裸なのに……」
 などなど。
「……ストップ……」
 荒野は、両手の掌を一斉にしゃべり出した三人に向け、とりあえず、おしゃべりを制止した。
「昨夜から、浅黄ちゃんが泊まりにきている。
 だから、騒ぐな」
 荒野が早口にそういうと、それまで騒がしかった三人がピタリと動きを止めた。
「……騒がなかったら、入っても、いい」
 荒野が続けていうと、三人は口を閉じたまま、こくこくと頷いた。
「「……加納様……」」
 その三人の背後から、今度は酒見姉妹がひょっこりと顔を出した。今日は、色違いおそろいのメイド服姿だった。
「「……おはようございます……」」
「お前らも……」
 荒野は、額に手を当てながらいった。
「浅黄ちゃんがまだいるから、言動に気をつけるように……」
 朝から、千客万来……。
 今日も、騒がしい一日になりそうだ……などと荒野が思っていると、
「……むぅー……」
 などといいながら、茅と浅黄が玄関まで顔を出す。茅は浅黄の肩に両手を置いており、浅黄は、眠そうな顔をして片手で眼を擦っていた。
「茅。
 見ての通り、お客……」
 荒野は、来客たちを指さしてみせる。
「むぅ」
 玄関先に並んだ五人を見て、何故か茅は表情を引き締めた。
 もっとも、パジャマのままなので、威厳はかけらもない。
「……とりあえず、入るの……」
 そういって、茅は浅黄の肩を荒野に預け、五人を招き入れようとする。
「入れるのは、いいけど……。
 茅……リビングに、まだ、布団出しっぱなしだろ……」
 茅の背中が、ぴたりと動きを止めた。
 ……どうやら、珍しく、寝とぼけているらしいな……と、荒野は思った。

 茅には浅黄を連れてバスルームで洗顔をするようにいって、荒野は急いで布団を畳んで別室に放り込み、五人のお客を招き入れた。
 荒野たちが寝起きであることを知ったお客たちが、朝食は自分たちで用意する、とかいいだす。もとより、遠慮する間柄でもないので、キッチンを好きに使わせておいた。どのみち、朝食であり、そう凝った料理も出さないだろう……と、荒野は判断する。
 すぐにバスルームから茅と浅黄が出てきたので、入れ替わりに荒野が中に入り、洗顔と歯磨きを行う。その時からテレビのスイッチを入れたらしく、けたたましいCMの音に続いて、お馴染みの主題歌、「戦え! ご奉仕! メイドール3」が流れはじめた。
 すぐに茅、浅黄、テン、ガク、ノリが合唱をしはじめる。
 荒野がバスルームからでると、ちょうどテーマソングが終わったところで、茅、浅黄、テン、ガク、ノリの五人は、テレビの前で決めポーズをして固まっていた。
「「……か、加納様……」」
 酒見姉妹が、異様なノリに恐れおののいて荒野に声をかけてきた。
「……気にするな」
 荒野は、酒見姉妹にそういっておいた。
「日曜朝のスーパーヒーロータイムは、だいたいこんなもんだ……」
「「そ……そう、ですか……」」
 酒見姉妹は、心持ち、引き攣った顔をして頷いて見せた。
 CMの間にバタバタとフレンチトーストの下拵えとサラダを作り、全員分のグラスに牛乳を注ぐ。それに加えて、荒野はコーヒーをいれて貰った。コーヒーメーカーをセットするだけだったり、フレンチトーストをフライパンで焼くだけだったら、酒見姉妹でも失敗する余地はない。
 茅、浅黄、テン、ガク、ノリの五人は「メイドール3」の最終回に釘付けで、軽く牛乳に口をつける程度だったので、最初に荒野と酒見姉妹が朝食を摂った。
 ガス台にも限りがあり、いっぺんにトーストは焼けないから、これでちょうど良いのかも知れないな……と、思いつつ、荒野は、酒見姉妹が焼く端から、フレンチトーストを平らげていく。酒見姉妹も交代で火を見ながら、自分の分をそそくさと食べ終え、また、他のみんなの分のトーストを作りに戻る。

 例によって大量の食事を摂りながら、横目で「メイドール3」を見ていた荒野は、「……現実も、こんなに単純だったら、どんなに楽か……」などと思ってしまう。
 善と悪とが、明確に別れてはいない。誰かを倒せば格好がつく、という悪の権化はいない。自分たちは、間違っても正義の味方などではない。それでも、最低限、自分たちが安心して生活できる場は、キープしておきたい……。
 荒野の欲求はしごくシンプルなものだったが、荒野を取り巻く状況と、このリアルな世界は、あまりにも混沌としている。

 荒野が食べ終わって食後のコーヒーを飲んでいる時、ちょうど「メイドール3」の最終回が終わった。
 やはり、「正義の戦士たちが、幾多の苦難を乗り越えて、悪の巨魁を倒して」終わり、という、この手の番組にふさわしい終わり方だった。
 荒野はマグカップを持ってソファに移り、いまだ興奮収まらぬ様子のお子様たちはぞろぞろとテーブルに向かう。
 その時、テレビが、いつもなら「次号予告」を流すタイミングで、景気のいいBGMとともに「新番組」の紹介をはじめた。
 茅、浅黄、テン、ガク、ノリの五人の視線が、再び、テレビに釘付けになる。
「「……うわぁぁ……」」
 酒見姉妹が、気の抜けたうめき声をあげた。
 新番組のタイトルは、「鎮魂戦隊ミコレンジャー」といった。テレビには、五色の袴をはいた巫女たちが一斉にポーズを取り、爆発を背景にして、身体にフィットしたカラフルなスーツに変身するシーンが映し出されている。
 ……なんて罰当たりな新番組だよ……と、荒野は思った。




[つづき]
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