第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(29)
「……記憶を閉じている、ということには……それなりの、意味がある。
事実、こいつは、このぼくなんかよりもよっぽど、うまく世界に適合しているじゃないか……」
そういって現象は、自嘲まじりの苦笑いを浮かべるだけで、楓や梢がいくらもとめても、詳細な説明を拒んだ。
現象は、その後、
「せっかくうまくいっているんだ。
これ以上、下手に手を加えて、うまくとれている釣り合いをあえて崩す愚も、行わない……」
と付け加え、これ以上、香也に不要な干渉を行わない……とも言明したので、楓も梢も、現象に対して強硬に説明を求めることができなかった。
少なくとも、現象は……香也に危害を加えるつもりはないらしい。
その後の現象は、大人しかった。
時折、楓に短く質問を投げかける以外は、一枚一枚、香也の絵を手にとっては眺めている。
香也は、相変わらず、描きかけの絵に没頭している。
楓と梢は、昨日、買い物に出かけた時、行動をともしにていたこともあり、同い年ということもあり、また、梢は孫子ほど取っつきにくい性格ではない、ということも手伝って、今ではかなり打ちとけていた。未知の他人に出会った時、まずは気に入られるよう、振る舞う楓と、誰が相手でもいいたいことをすっぱりいう性格の梢とでは、馬があうようであった。
年少者たちのそうしたやりとりを、二宮舎人は、少し離れた壁際で、興味深そうにみている。
「……あらあら、お客様なの?
何のお構いもしませんで……」
そうしてしばらく経過した後、真理がひょっこりとプレハブに顔を出した。
「あっ。どうも。
お邪魔しています」
壁際に立っていた舎人が、真理に向かって大きな身体を折り曲げる。
「こうして勝手に絵をみせて貰っているだけで……おれたちは、そんな、お客だなんてご大層な代物ではありませんので……。
どうか、お構いなく……」
「どういう理由かは存じませんが……うちのこーちゃんを訪ねてきてくださったのなら、やはり、お客さんです」
真理は、舎人にきっぱりと答えた。
「お昼のリクエストを聞きに来たんですけど……みなさんも、召し上がっていってください」
「あっ。わたしも手伝います」
梢と話し込んでいた楓が、慌てて立ち上がる。
「……いや。
楓ちゃんは、いいから……」
その楓の肩に手を置いて、梢が真理の方に進み出た。
「ええっと……いろいろ、事情がありまして……これから、ここの子たちとも、顔を合わせる機会が増えるもので……その辺の説明がてら、お昼はわたしたちに用意させてもらえませんか?」
そういって梢は、舎人に向かって意味ありげな視線を送る。
「そう……だな」
舎人も、頷いた。
「もし、よろしければ……お台所を、貸して貰えませんでしょうか?
なに、これでも、ついこの間まで、アジア方面をあちこちうろついていたものでして……あちらでは、料理はたいがい、男の仕事ですからね。自然と覚えましたよ……」
「ええ……。
このおじさん、料理の腕だけは、確かですから……。
あんまり凝ったものは作りませんが、その場にある材料を使って、ぱぱっと簡単でおいしい料理作っちゃうもので……。
ほらっ!
キミも来るっ!
監視対象のキミがこっちについてこなくてどうすんのっ!」
梢は、現象の腕を取って引きずるようにして、真理と舎人の後を追ってプレハブを出ていく。
プレハブを出ていく間際に、楓に向かってウインクしていくことも、忘れなかった。
香也は、そういう周囲の雑音にも気を取られた様子はなく、描きかけの絵の上に身を乗り出して、完全に「描く」という行為に没頭していた。
こうなったら、身体に手をかけて強く揺さぶるとかしなければ、香也は我に帰らない……ということを、楓は、経験上、知っている。
さらに少しすると、梢が再びプレハブに顔を出し、
「……ついでだから、加納の若たちも呼びませんか?」
と、いいだした。
おそらく、真理の発案だろう……と、楓は推測する。
テン、ガク、ノリの三人は、朝食前からお隣にお邪魔している、という話しだった。その辺を気にかけるのは、いかにも真理らしい、と。
「そうですね」
だから、楓は二つ返事で頷き、すぐに腰をあげた。
「わたし、ちょっといって、声をかけてきます」
電話やメールで……と、楓も一瞬考えたが、なにより自分の目で荒野たちの様子を確認しておきたかった。
「……楓ちゃん……」
傘をさして外に出て、玄関前にさしかかると、真理が声をかけて、楓を手招きした。
「今朝までうちにいたお客さんたち、ほとんどそのままお隣のマンションに流れていったようだから、今、あそこはすし詰め状態だと思うのね。
だから、少し強引なことをいってでも、みなさんをこっちに連れ込んじゃないさい……」
「……え?」
楓は、一瞬、真理がいったことが、把握できなかった。
真理のいう、「今朝までうちにいたお客さんたち」とは、三島、シルヴィ、静流……といったところか。確かに、誰もが荒野に縁があり、いかにもマンションに立ち寄りそうな面子ではあったが……。
「……それに、テンちゃんたちが加わると……すし詰めもいいところですね……」
でしょう……と、真理は頷く。
「わかりました。
少し強引なこといってでも、こっちに引っ張ってきます……」
楓は真理にそう言い残して、マンションに向かう。
実際に荒野たちのマンションに到着すると、そこには予想した面子に加え、飯島舞花と栗田精一のコンビ、それに、徳川浅黄や酒見姉妹までもがいた。
楓は、玄関先に出てきた荒野に真理の意見を言付けする。
すると、荒野は、二、三、会話した後、楓に多すぎるくらいの紙幣を押しつけ、食材の買い出しに行くようにと申しつけた。
食事、と聞いて、三島が、喜びいさんで中から出てきて、荒野が荷物持ちとして三人娘と双子をつけてくれた。
茅も、クリーニング屋に用事がある、とかで、楓たちについてくる。そういえば、今日は、珍しく茅は、メイド服を着ていない……と、楓ははじめて気づく。
片手が傘を使うことを考慮しても、十分すぎるほどの人数だった。
……昨日の、延長みたいだな……と、楓は思う。
昨日は、日永一日、数人づつのグループを作って、集合離散を繰り返しながら、ショッピング・センターをうろついて、みんなで服を選んでいたのだった。
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つづき]
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