第六章 「血と技」(288)
「……あの……加納の若様……」
佐久間梢が、声をかけてきた。
「加納か、あるいは荒野でいいよ。
年だってそんなに違わないし……」
荒野は軽くいなしてから、用件を尋ねる。
「それで……なに?」
「はぁ……こういうこと、お願いするのもなんですが……誰か、一族の者、あるいは一般人でも、ある程度事情を知っている一般人の方で、下宿先を探しているような方に、心当たりありませんかね?」
梢は、物怖じせずに、荒野に用件を切り出す。
「今すんでいる家……古い農家なんですけど、今のところ、女性はわたし一人だから……」
「ええと……現象と、舎人さん、平三さん……それに、梢さん、かあ……」
いわれて、荒野ははじめて気づく。
確かに、知り合って間もない野郎の中に、若い女性が一人だけ同居……というのは、何かとやりにくいところがあるだろう。
長期戦になればなるほど、不具合も大きくなる筈だ。
「……うん。
すぐには思いつかないけど……折りをみて、心当たり、探しておく……。
……そうだ。
ヴィなんか、どうだ?
珍しい佐久間の生態、間近に観察できるぞ……」
とりあえず、すぐそこに居合わせて、声をかけやすいシルヴィに声をかけてみる。
「……いいかも」
シルヴィは、少し考える振りをした。
「今のマンションは、セーフハウスとして確保しておいて……普段は、そこに寝起きしても、今のレポートは、継続できるし……」
姉崎に送る報告が、多種多様、かつ、克明になることは、シルヴィ個人の利益にも繋がる。
交通の便がよい場所にある今のマンションを引き払うつもりはなかったが、もう一つ、寝泊まりできる場所を確保しておいても、不都合はないのであった。
「それで……その家の、場所、どこなの?」
「……ええっと……ここから、かなり離れていて……」
梢は道順を説明する。
「本当に、町外れだな……」
荒野は、梢の説明する道順をざっと思い浮かべて、頭の中で、この近辺の地図と重ねてみせた。
「……あそこいらだと……周囲に、ろくな建物、ないんじゃないか?」
「そうです。
一面、畑や田圃。
一番近くの建物が、今にもお化けがでてきそうな、古ぼけた洋館で……」
梢は、頷く。
「半壊して、打ち捨てられいた家を、これが、長に喧嘩うって、返り討ちにあって怪我していた間に、舎人さんがどうにか住めるように修繕してくれた感じで……」
とかいいながら、梢は、現象の頭を拳で軽く小突く。
「……周囲に人家がない環境がいい、って注文だしたのは、おれの方だからな……」
台所から、舎人が、ひょいと首だけを出して茶々をいれた。
「その程度のことは、やらねーと……」
「料理作ったり、大工仕事やったりと……」
見かけによらず、何かと、器用な人だ……荒野は、後半を省略して、ぼそりと小声で呟く。
「おれはそういうの、苦にならないたちだし……それに、予算が限られているんだから、仕方がねーだろ……」
舎人はそういって、すぐにまた、台所に引っ込んだ。
「あと、すぐに思い浮かぶのは……あの、酒見姉妹だなぁ……」
荒野は、話題を戻す。
「あいつら、今、二人でマンション住まいだそうだし……。
あいつらの場合は、家事が不得意なようだから、声をかければ、即座に引っ越してくると思う。そのかわり、あいつらと同居するとなると、そっちの内情は、この辺の一族関係者に筒抜けになると思っていいけど……」
「望むところ……というより、そっちの方が、何かと都合がいいですね、こちらの立場としては……」
梢は、そういって頷いた後、荒野に聞き返す。
「あの二人って……あの、噂の酒見、なんですか?」
「そう。
目的の為には手段を選ばす。しかし、その手段に夢中になるあまり、肝心の目的の意味を見失いがちな……あの、間抜けな策士だ」
「……はぁ……」
梢は、曖昧な顔をして、気の抜けた声を出す。
「……もう……何でもありのオールスターキャストなんですね、ここって……」
……平然と、現象をぞんざいに扱っているやつがいうなよ……と、荒野は内心で思った。
そんなやりとりをしている間に、買い出しにいっていた茅や楓たちが帰ってくる。賑やかに荷物を運び込むと、すぐに、次々と料理が出てきた。
どうやら、三島が携帯で詳細に買い出し班に指示を出していたらしく、妙に段取りがいい。
炬燵にはいるとすぐに横になって目を閉じていた浅黄を、飯島舞花がやさしくゆり起こす。最初のうち、眠そうな顔をして目を擦っていた浅黄は、炬燵の上にずらりと並んだ皿や器をみて、すぐに目を丸くする。
三島と舎人の共同作業だったせいか、和風のと東南アジア風とか広東料理風とか台湾風とか、エスニックな総菜とが半々の状態となっていった。
人数分の小皿と箸を配り、三島が宣言する。
「……人数が多いし、品目を多くして、飽きがこないようにした。
多くの種類を摂取した方が、栄養的にもいいしな。
少しづつとって、好きなだけ食べろっってーのっ!」
三島がそういうのと同時に、こういうノリに慣れている連中が、
「……いっただきまーっす」
と唱和してすぐに箸を取り、現象や梢が、少し遅れて箸を取った。
「あの先生、あれで、料理の腕だけは確かだから……」
荒野は、梢にいった。
「こういうときは、遠慮しないでどんどんいったほうが、いいよ……。
うまいものから、すぐになくなるし……」
確かに目の前で、テン、ガク、ノリの三人が猛然と料理を消化しはじめている。荒野の言いぐさを聞いて、
「今日は、朝から真面目に会議していたから、おなかも空いているんだよぉー」
と、ガクが不満の声をあげた。
「何でもいいけど、ご飯がおおしいのはいいことだ……」
「同感」
テンとノリは、そういったきり、黙々と箸を動かし続ける。別にがっついいているわけではないが、ペースを崩さずに食べ続けるので、すぐに空になる皿がではじめていた。
「……まあ、これで足りなかったら、またなんか追加で作るわ……」
エプロンをはずした三島が、そんな風に応じる。
「昼から、豪華すぎるかと思ったけど……この勢いだと、すぐになくなりそうだな……」
舎人も、もっともらしい顔をして、頷く。
「育ち盛りが多いから、こんなものか……」
シルヴィと静流も、それに真理も、しきりに「おいしい、おいしい」と連呼しながら、箸を休めずに動かしている。
舞花と栗田は、浅黄のために遠くに置いてある料理を、小皿に取り分けたりしながら、食べていた。ゆっくりと食べていた。
楓と香也、真理も、似たようなもので、こちらのグループはあくまで自分のペースで料理を楽しんでいる。
「……そういや……」
そんな感じで、和やかな食事が続いた後、荒野が誰にともなく話しを切り出す。
「新学期になったら、茅が、生徒会長に立候補したいっていっているんだけど……」
楓と三島、舞花と栗田が、「……おおっー!」と感嘆の声をあげた。
「いいんじゃないか?
茅ちゃん、そういうの、向いているいると思うし……それに、顔も売れているから、選挙もかなり有利だと思うし……」
これは、舞花。
「ま。もともと、一般人社会にとけ込む、ってのが、お前らの当面の目標だったし……生徒会長とかそういうのが身内にいると、何かと便利そうだしな……」
と、三島。
「応援とお手伝い、します」
これは、楓。
この場にいる人々は、茅の能力に関しては、まるで不安を抱いていなかった。
「……それじゃあ、ぼくも、立候補する」
突如、現象がそんなことをいいだし、思わず、全員が現象の顔を注視する。
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つづき]
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