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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(289)

第六章 「血と技」(289)

「キミ……一体、何を考えている?」
 現象の立候補宣言に、真っ先に反応したのは、梢だった。
「この土地で、自分の基盤を作ることを考えている」
 現象は、即答する。
「ぼくには、加納とは違って、自分自身の基盤がない。
 それに、ぼくが自身に規定している、一族キラーとしてのアイデンティティからいっても、一族内部にシンパを募るわけにはいかない。
 だとすれば、一般人社会の中で、自分の能力を十全に生かす術を模索するのが、適切な態度というものだろう。
 そして、ぼくの当面の立場といえば、学生だ。
学生として、自分の能力を生かし、なおかつ、異能の自分を受け入れてくれるよう、周りを感化しやすい立場に立とうとするのなら……。
 確かに、生徒会長という肩書きは、それなりに重宝するものだ……」
 そこまで一気にまくしたて、現象は、
「……それとも、君たちの学校は、転入したばかりの生徒は、生徒会役員に立候補できない、とかいう理不尽な校則でもあるのかい?」
 と、付け加えた。
「そういう校則は……ないの。
 立候補することは、生徒でさえあれば、誰にでも可能。
 でも、選挙で票が入らなければ……同じことなの」
 茅が、すらすらと現象に答えた。
 その茅の表情をみて、
『……うわぁ……。
 茅……すっげぇ、機嫌が悪くなっているぅ……』
 と、荒野は内心で冷や汗をかきはじめる。
 茅が機嫌を損ねた時、真っ先に割を食うのは、荒野なのだった。
「もちろん、転入したてだと、その点は不利なわけだが……あいにくと、ぼくは佐久間だ。
大衆の扇動や意識操作は、それなりに得意でね……」
 現象は、にやにや笑いを浮かべている。
「……生徒会の選挙って、当選するのがそんなに難しいんですか?」
 楓が、隣に座る香也に、小声で尋ねていた。
 香也が、ぼそぼそとした口調で楓に答えている間にも、茅が、
「負けないの……」
 と、珍しく敵愾心を露わにして、現象の顔を軽く睨んでいた。
『……やっぱり……』
 茅は、機嫌が悪い……と、荒野は茅の言動や表情を観察し、荒野はそう観測する。
 茅は、おそらく……本質的に、自分と似た資質を持つ現象を、内心では、恐れている。その現象が、自分と同じアプローチを選択したことで、ますます自分たちの同質性を意識し……それで、不機嫌になっているのだ……と、荒野はみる。
 資質や体質の面でみれば、今までに知り合った「新種」の中で、茅に一番近いのは……現象なのだ。
 資質だけを比較すれば、佐久間の特性が強いテンも似たようなものだが……ずば抜けた身体能力とそれを使いこなす体術体系をすでに会得しているテンに対しては、茅は、近親憎悪的な感情を抱いていないらしい。
 その点、「肉体を使った戦い方」を学んでこなかった現象は……。
『……まあ……茅と似ているっていえば……似ているよな……』
 荒野は、茅が、現象に対して対抗意識を持つ下原因を、そのように分析した。
 そして、
『……なんか……』
 茅にこんなに脆い部分があるのを、ひどく意外に思い、同時に、安心しているところもあり……と、荒野の心境は、複雑だった。

「……お前ら、今、二人で自活しているんだろ?」
 その話題がひと段落すると、荒野は、今度は、酒見姉妹に向けて、先ほど、梢から打診された件を切り出してみた。
 簡単に、梢が置かれた状況を説明し、
「……そういうわけで、お前ら、その家に済んでみないか?
 家事も分担すればそれだけ楽になるし、部屋代も……」
 荒野は、ちらりと舎人に視線を走らせる。
「……気持ち程度でいいよ。
 もともとの住人が夜逃げしたとかで、廃屋同然の家だったわけだし……交通の便が悪いこともあって、ほとんど、借地の分しか払ってないしな……」
 舎人は、荒野の意図を察知してそういい、肩を竦めてみせる。
「……まあ、佐久間のお嬢ちゃんがそれで安心できるってんなら、どうせ部屋は余っているし、いつでも来るといい……」
「……と、いうことだ。
 今、賃貸でいくらくらい負担しているのか知らないが、経済的にもかなり楽になると思う……」
 学校に通っている間は、この姉妹も一般人の学生程度のバイトしかできない身の上であり、まとまった収入源がない。つまり、現在の酒見姉妹は、貯蓄を切り崩して生活している状態であり、月に数万円単位の倹約ができるものなら、歓迎するだろう……と、荒野は予想した。
 梢にしても、時折、シルヴィが立ち寄るほかに、同年輩の双子が住むとなれば、かなり心強いだろう。
「「……それは……いいのですが……」」
 荒野の予想に反して、酒見姉妹は顔を見合わせ、即答を避けた。
「「その……一つ、問題が……」」
「なんだよ、その問題って……」
 荒野が、尋ねる。
「「……実は……」」
 姉妹の返答を聞いて、荒野は軽い目眩を感じた。
 物心ついてからこのかた、一族の仕事一筋で生きてきた姉妹は……この土地に来て、はじめて一カ所に腰を落ち着けて定住することになり、それまで押さえていた「趣味」が、一気に爆発してしまった。
 その「趣味」というのは……。
「……今までの収入、ほとんど服に変えちまった、だと……」
「「……ええ……」」
 姉妹は、頷く。
「「アパートにも入りきれなくなって、今では大半をトランクルームに預けている状態で……」」
 それまで抑圧していた衣装道楽が、ここに来て一挙に爆発し、結果、今までの仕事で蓄えた資金も、かなり乏しくなっている……という。
「……するってぇと、何か……」
 荒野は、こめかみを指で軽くもんだ。
「お前ら……今までの貯えを、あっという間に、衣装道楽で使い果たした、と……」
「「流石に、あと数年分の生活費くらいは残っていますが……服の量が、半端ではなくって……」」
「……売れ」
 荒野は、低く唸る。
「そんなもん、必要最低限の普段着だけ残して、みんなうっぱらっちまえ……」
「……まあ、まあ……」
 舎人が、慌てて割ってはいる。
「生活費を使い果たしたわけではないし……服の量ってのが問題なら、二人には、物置一つ、使って貰おう。
 昔風の土蔵だが、こまめに風を通せば、問題はないだろう……」
「……土蔵?」
 荒野が、聞き返す。
「そう。土蔵」
 舎人が、頷いた。
「大きな、古い農家だっていわなかったか?
 ついこの間、持ち主のじいさんがお亡くなりになったんだが……親族は、みな、ここを離れてそれぞれに所帯持っていて、だれもこっちに帰らなくてな……。
 何でも、文化財に指定されそこなったとかで、建物自体を解体することも出来ず、かといって、気軽に賃貸に出せる物件でもなし……宙に浮いていたのをいいことに、長老経由でおれたちが使わせて貰っている、ってわけだ……。
 電気と水回りはしっかりしているけど、ガスなんて今だにプロパンだし……それに、屋根なんて、藁葺きなんだぞ……」
 荒野は、しばらく絶句した。
「……そんなもんを、気軽に手直ししたんですか……舎人さん……」
「その昔、宮大工に偽装したこともあってな。古い工法や大工仕事も、基本的なことには一通り、通じているんだ。
 何度か市の教育委員会が心配して覗きに来たけど、現状維持はちゃんと心得ていたし、逆に関心して帰っていったよ。
 補助金を申請しますか、っていってたけど、議会を通して何ヶ月だか何年か待たなけりゃ貰えないって話しで、そっちは断った……」
 二宮舎人は、ことなげにそう答えた。




[つづき]
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