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第六章 「血と技」(291)
「夜でも、不都合がなければ……だけど……」
「不都合は、ありません」
梢は頷いて、茅に聞き返した。
「場所は……どうします?」
「広さとか、条件とか……あるの?」
茅が、聞き返す。
そもそも、佐久間の技の習得……とはいっても、具体的にどういうことをやるのか、まるで聞いていない。
「特殊な条件は、特にありません。
が……そうですね。
少し離れていますが、うちの方までご足労願えますか?」
梢は、少し考えて、茅に答える。
「特殊な条件はありませんが……人目につかない方が、いいと思うので……」
「……何をやるか、わからないけど……」
荒野が、口を挟む。
「やっぱり……他人に見られると、やばいの?」
門外不出の秘伝……なのだろうか……とか、荒野は思っている。
「やばい……っていうことも、ないんですけど……。
第一、何の予備知識もない一般人の方がみても、何をやっているの、かまるで分からないだろうと思いますし……。
それに、見られても……普通の方には、全然、何をやっているのか分からないと思いますし……」
梢は、何故か、言い淀んだ。
「ですから、見られても……別に、実害とか、あるわけないんですけど……でも……見られると……その……皆さんが、恥ずかしいと思います」
だから、町外れにあり、隣家との距離も空いている、梢や現象の住まいに来て貰うのが、都合が良い……と、梢はいった。
「……な、何をする気なんだ、一体……」
荒野は、少し不安になったが、梢や現象は、「その時になればわかります」といって、それ以上のことは明かさなかった。
「明日の夜以降、現象たちの家で」
という詳細が決まると、現象たちはそのままプレハブに戻っていった。
それに合わせて、静流やシルヴィも帰るといいだし、三島が車を出すと言いだす。
シルヴィはともかく、静流はこういう形で他人の家に泊まるのははじめてだとかで、少し浮かれている……ように、荒野には、見受けられた。
少なくとも、現在の境遇を楽しみはじめている。
『……まあ、今までが、不自由すぎたところもあるだろうから……』
これはこれで、静流にとっては、良い傾向なのかも知れない。
荒野がそんなことを考えている間に、楓が出ていこうとする香也を引き留め、勉強をするように即した。
そういえば、月曜から実力テストがあり、来週は期末試験になだれ込む。最近、何かと成績のことを気にしはじめた荒野にしてみても、他人事ではなかった。
香也は、楓の提案を素直に聞き入れ、勉強道具を取りに戻り、荒野や飯島舞花、栗田精一も、一旦、マンションに戻ってそれぞれの準備を整えて戻ることにした。
そうしている間にも、茅、テン、ガク、ノリの四人は、ノートパソコンを覗き込んで、熱心に「シルバーガールズ」の打ち合わせを続けている。
酒見姉妹は、早速引っ越しの準備をするから、といって帰っていき、真理は、食器の後片付けが終わった後、そのまま別の部屋の掃除をはじめ、徳川浅黄は、炬燵で毛布を被って安らかな寝息を立てていた。
そんなこんなで、その日の午後は、炬燵に入ってみんなで勉強……ということになったのだが……。
『……すっげぇ、違和感あるな……』
現在の自分の境遇を顧みて、荒野はそう思う。
一年前、いや、ほんの半年前の荒野自身の生活と、現在の荒野の境遇は……あまりにも、格差がありすぎた。
『……平和すぎる……』
荒野はそう思った後、すぐに、
『平和なのは、いいことなんだけど……』
と、思い直す。
様々な問題を抱えながらも、今の時点では、決して悪い方には転がっていない。
言い換えると……。
『こうも、平和だと……』
……おれの存在価値が、どんどんなくなっていくな……と、荒野は思う。
何もトラブルが起きない時、荒野には、「ごく普通の一学生」として生活する以外、することがなくなる。
平和なのは、歓迎するべきだとは思うが……一抹の物足りなさも感じてしまう、荒野だった。
荒野は、真剣な顔をして教科書やノートを開いている、香也や楓、舞花や栗田の顔をそっと見回し、
『余計なこと、考えないで……』
今は、勉強に集中しよう……と、思う。
それが、現在の荒野にふさわしい……来年に受験を控えた学生にふさわしい、態度だ……と、自分に言い聞かせる。
他の、例えば、悪餓鬼どもの対処などは、どのみち、今すぐどうこうできるものでもない。
『……どうも……』
おれは……現場意識が、いつまでも抜けきらないな……と、荒野は内心で自嘲する。
いつでも、最前線をかけずり回っているような気分でいる。
一瞬の判断の遅滞が取り返しのつかない事態を招く、荒事の感覚から、なかなか抜けきらない。
『今……おれに必要なのは……』
目の前の事態を直感的に処理するミクロな判断力ではなく、長期的な視野を持って、何が最善の選択するタイプの、マクロな判断力であり……そういったものは、動物的な勘よりは、正確な知識や情報と、それに知性に頼るタイプの判断力が必要であり……。
『まったく、なんでおれ……なんだろうな……』
どちらかというと、そういう仕事は、荒野自身よりも茅の方が、向いていると思うのだが……茅たち新種だと、静流やシルヴィなど、一族のバックアップは、期待できない。
以前、楓も指摘したように……一族が、あるいは、一族の一部が、荒野たちの動きを多少なりとも助けようとするのは……あくまで、荒野の存在があってのことなのだった。
『出生は、自分の意志で選べない……か……』
そんなものは……茅たち新種でなくとも、多少の差こそあれ、人間なら、みな、同じなのではないだろうか……。
と、荒野は思う。
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つづき]
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