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第六章 「血と技」(292)
それからも、取り立てておかしなイベントは何も起こらず、雨の休日は、平和に過ぎ去っていった。
相変わらず、荒野たちは勉強を、茅たちは「シルバーガールズ」の打ち合わせを行っている。
聞くとはなしに茅たちの話しを聞き流していると、どうやら、今までに撮り溜めた映像素材をどのように切り貼りして整合性のある話しにしていくのか、とか、そのためには、新たに、どういったシーンを撮影しなければならないのか、などの打ち合わせを行っているようだった。
昼食後、二時間ほどそうして過ごし、誰はともなく、「そろそろ休憩をしよう」ということになって、茅がお茶をいれてくれた。その際には、プレハブにいっていた、現象、梢、舎人の三人も呼び戻された。新参の三人も交えて、勉強のこととか学校についてしばらく話し、途中で、炬燵に寝ていた浅黄が起き出したので、茅がケーキを用意しだした。
お茶が終わると、現象たち三人は「思いがけず、長居をした」とかいいながら、帰って行く。
そのまま居続けると夕食まで誘われると予想がついたため、慌てて帰り支度をしたようにも見えた。
なんだかんだいって、あの三人は、この家に馴染みだしていたしな……と、荒野は思う。あまり馴染みすぎても、彼らとしては、いろいろとやりにくいのだろう。
現象たちが帰った後も、荒野たちはしばらく勉強を続けた。香也も、彼なりに思うところがあるらしく、それまでのようにプレハブに引きこもろうともせず、真面目に勉強に取り組んでいる。
茅たちも打ち合わせを続けていたが、同時に、眼を醒ました浅黄の相手もしなければならなかったので、以前ほどの真剣味は感じられなかった。
真理が夕食の仕度をしはじめた頃を見計らって、荒野は茅に合図をして、帰り仕度をしはじめた。舞花と栗田も、それに従う。
昼に豪勢な食事を用意してもらって、夕食までご馳走になるのも、少し図々しすぎるように思えた。
帰り仕度をしながら、「浅黄はどうするんだろう」、などと話しているところに、玄関の方から、
「……来てやったのだっ!」
という徳川の声が聞こえた。
浅黄が、とたとたと軽い足音をたてて、玄関に向かって駆けだしていく。
「大人しくしていたのか?」
出迎えた浅黄に抱きつかれながら、白衣姿の徳川は、そういった。
「おう。
お前さん自身より、よっぽど周りに迷惑をかけない子だよ、この子は……」
そういって荒野は、徳川の胸元に、浅黄の着替えとお泊まりセットの入った紙袋を投げる。
「……あさぎ、ねー……」
浅黄が、徳川に説明する。
「……きょう、おいしーもの、いっぱいたべたのー。
まりさんと、おとなりにこしてきた、おおきなおじさんが、おひるにおいしいものつくってくれたのー。むしたおさかなとかー……」
「……おとなりにこしてきた……おおきなおじさん……」
浅黄の言葉を、荒野はぼんやりと反復する。
「おおきなおじさん」というのは、二宮舎人のことだろう。だけど、舎人の存在と、「おとなりにこしてきた」という前半の部分が……荒野の中では、うまく接続しない。
「……あの、奇妙な三人組が、この家にいたのか?」
徳川も、首を捻っている。
……「奇妙な三人組」、って……と、荒野は思った。
「ああ……」
荒野は、おそるおそる、徳川に確認してみる。
「その、三人、って……」
「うむ」
徳川は、大仰な動作で頷いて見せた。
「数日前から、うちの隣の古い農家に、引っ越してきたやつらがいてな……。
最初は、がたいのいい大男だけだったが、そいつが何年か放置されていた家を修繕しはじめたかたと思うと、その後に、目つきの悪い少年と、その少年を景気よくどついて回る少女までもが越してきたのだ……」
「……ええっ、と……」
荒野は、数十秒ほど硬直してから、ようやく声を絞り出した。
「……徳川、お前の家、どこにあるっていったっけ?
玉川は、お屋敷、とかいっていたけど……」
「お屋敷というか、祖父が道楽半分に建てた、洋館だな」
徳川は、平静な声で答えた。
「広くが古いだけだし……確かに、相続税の金額が凄かったから、あれで、そこそこの値打ちはあるのだろうが……。
市の北の外れ……というか、完全に市街地から離れた、風光明媚な田畑のど真ん中だ」
「……そうか……」
荒野は、頷いた。
そして、かがみ込んで、浅黄と同じ目の高さになって、語りかける。
「……浅黄ちゃん……。
あのおじさんとかおにーちゃんたちが、お隣に越してきた人たちなのかなぁー?」
「……うん!」
浅黄が、元気よく答える。
「……あのひとたちが、おとなりにこしてきたひとたちなのー……」
「……知り合い、なのか?」
流石に、荒野の様子がおかしいことに気づいた徳川が、荒野を問いただす。
「まあ……一応。素直に知り合い、っていうには、ちょっと因縁がありすぎるのも、一名混ざっているけど……。
いずれにせよ、例によって、一族の関係者だ……」
荒野は、若干、げんなりした表情になって答えた。
「……その三人のうち、二人は、春からおれたちの学校に通うようになる。
それに、シルヴィとか双子とかも、お前のお隣に越してくるそうだ。シルヴィは、完全に移り住むわけではなくて、時たま様子を見に泊まりにいく感じだけど……」
「……そうか……」
徳川は、したり顔で頷いた。
「お前のところも、いろいろと複雑そうだな」
「ああ」
荒野も、徳川に向かって頷いて見せた。
「いろいろと、複雑なんだよ。
それも……段々、複雑さが増して来ているような気がする……」
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つづき]
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