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第六章 「血と技」(293)
マンションに帰ると、玄関からあがりきらないうちに、茅が抱きついてくる。
「……はいはい。
靴、脱ぐ……」
荒野が身を屈めて茅の臑を持ち上げ、靴を脱がせると、茅はそのまま抱きついてきた。
「おいおい」
荒野は茅の背中を軽く叩きながら、立ち上がる。
小柄な茅の体重は、四十キロ前後しかない。バランスにさえ気をつければ、荒野にとっては、さして苦にはならない重量だった。
荒野は、上半身を茅に抱きつかれたまま、まずは寝室にしている部屋に向かい、教科書やノート、筆記用具などの勉強道具をおく。
今度はキッチンに向かい、背中に張り付いている茅に向かって、
「……とりあえず、ご飯炊いておけばいいな?」
と、確認し、茅の返事を待たずに、五合分の米をとぎはじめる。
二人分にしては多いようだが、荒野は普通に、一食、三合から四合分、平らげるので、これでも別に多すぎるということもない。
炊飯器をセットし、
「……さて……何が残ってったっけ……」
とかいいながら、冷蔵庫を開くと、背中に張り付いていた茅が、
「……むぅ」
と、不満そうなうめき声をあげた。
「荒野が、構ってくれない……」
「いや。もう、ご飯の支度する時間でしょ……」
あくまで常識論を楯にとり、対抗しようとする荒野。
「ご飯なら、茅が作るの」
あくまで、不満そうな声を漏らす茅。
「だったら、降りる」
現在、茅は、ワンピースのスカートのまま、荒野の背中に背負われている。
「……むぅ」
不満そうな鼻声をあげながらも、茅は、とん、と軽い足音をたてて床に降りたった。
「荒野、いじわるなの……」
「はいはい。
それで、何を作るの?」
荒野は冷蔵庫の中にある食材を適当に出しながら、茅に答える。そもそも、備蓄の食料はかなり心細くなってきていたので、ここいらで一掃する、くらいのことは、していいのかも知れない。
「……残った野菜全部使って、煮物か炒め物でも作るかなぁ……」
「両方にするの」
茅が、ようやく建設的な発言をする。
「根菜類は煮物、それ以外は、炒め物……」
「煮物は、残ったら凍らせておいてもいいしな……」
荒野は、頷いて、包丁とまな板を取り出した。
「じゃあ、ちゃっちゃと、全部、適当に切っちゃっていいな?」
「いいの」
茅も頷いて、荒野から包丁を受け取る。
「味付けは、茅がやるから……」
後は、しばらく二人で包丁を使い続けた。
「……さっきの、現象たちが引っ越してきた先、だがな……」
手を動かしながら、荒野は切り出した。
「……偶然というか、徳川の家のお隣りらしい。
お隣り、といっても、何十メートルか離れているようだけど……」
ほんの数秒だが、茅の動きが止まる。
「徳川と、現象……。
知り合うと、意外に気が合いそうなの……」
「……おれ様コンビだな……」
荒野には、徳川と現象が向かい合って胸を張り、高笑いしている様子がありありと想像できた。
「ほっといても、あんだけ近くにいれば、そのうち顔を合わせる機会もあるだろう」
実際のところ、荒野には、この先、あの二人がどういう接触の仕方をしてどういう付き合いをはじめるのか、予想できていない。一応、徳川には簡単な予備知識を与えておいたが、徳川の性格を考えると、「余計な好奇心を刺激してしまったかな?」という気もする。
そこで荒野は、茅に向かって、
「一応、さっき、徳川には、やつらが一族の関係者だとは耳打ちしておいたけど……警告の意味も含めて」
と、付け加える。
「……警告……」
茅は、ぽつりと呟いた。
「逆効果にならないと、いいけど……」
どうやら、荒野と同じ不安にぶちあたったらしい。
「いや、でも……」
いいわけがましいなぁ、と内心で自嘲しながら、荒野はいった。
「……やつらのこと、何にもいわないで放置しているよりは、いいだろ?
それに……徳川の性格を考えると、遅いか早いかという違いがあるだけという気もするし……」
「……徳川だけならいいけど……」
茅は、小さくため息をついた。
「徳川の古い友人には、もう一人……別種の好奇心の塊が、いるの……」
「玉木、か……」
荒野は、天を仰いだ。
「そいつは……失念していたな……。
徳川だけならともかく、玉木がやつらと接触したら……」
確実に一騒動、あるだろう……と、荒野は思った。玉木は、徳川とは別な意味で、好奇心が旺盛すぎる存在だった。
「明日の朝にでも、さりげなく釘を刺しておこう……」
「効果のほどは、かなり疑問だけど……やるだけ、やってみるの……」
茅も、荒野の提案に頷いてくれる。
「考えようによっては……新学期に、いきなり学校で接触するよりは……今のうちに、徳川や玉木と接触して貰った方が……後々、楽という気もするし……」
「免疫、というか……予防注射、みたいなもんか……」
荒野は、苦笑いを浮かべる。
「さて……どちらがどちらに、耐性をつけるべきなのかなぁ、これは……」
「……さぁ……」
茅が、首を傾げる。
「どちらも、扱いを間違えると危険という意味では、似たようなものだし……」
[
つづき]
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