第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(35)
「……こーちゃん、こーちゃん」
夕食が終わった後、羽生が香也を手招きした。
テン、ガク、ノリの三人は、炬燵の上にノートパソコンを持ち出して、なにやら作業に集中している。楓と孫子は、洗い物をした後、揃って風呂を使いにいった。真理が在宅中だと、ガス代節約のため、できるだけいっぺんに入浴するようにすすめられるのだった。
香也を手招きした羽生は、そのまま香也の肩に手をかけて、自分の部屋に引き入れる。
香也に座布団をすすめた後、正面に座り、軽い咳払いをしてから、話しをきりだした。
「どうっだった、こーちゃん……。
今日は?」
羽生なりに、心配してくれているようだった。
「一日中、うちにいたわけだろ?
なんというか……ああ。
朝から今まで、プチ修羅場の連続だったのではないかい?」
なにげに鋭い羽生だった。
「……んー……」
香也は、唸った。
「……そういわれると……確かに、そういう面もあるんだけど……」
単数、ないしは、複数の女性といちゃいちゃしているところに他人に踏み込まれ、気まずい思いをしたことが、今日一日で、一体何度あったことか……。
「……でも……そういうのも、別に、不快なだけでもないし……。
もう少し、回数が減ってくれるといいな、とは、思うけど……」
香也は、直接的には語らなかったが、性急に性的な関係を結ぼうとする傾向がなければ、この状態も、それなりに心地よい。
「複数の異性が、無条件に自分の存在を肯定し、かしずいてくれる」、というのが、香也の現状であるから、当然といえば当然だ。性差、年齢によらず、誰もが潜在的に持つご都合主義な願望を、現在の香也は、労せずに実現している……とも、いえる。
「……そう考えると……」
羽生は、現在の香也をとりまく境遇について、そう考えた後、そっとため息をついた。
「……これでなかなか、ストイックな選択をしてるよな……こーちゃん……」
「……んー……」
香也は、例によって、唸る。
「そんな……ストイックとか、そういうんじゃないと思うけど……」
香也とて、逃げられないとわかった時、あるいは、肥大する欲望が我慢の限界を突破した時は、素直に目の前の女体にかぶりついているのだ。
お世辞にも、「ストイック」とは、表現できはしないだろう……と、香也は思う。
「……どちらかというと……その、自信がない、というか……」
というのも、紛れもない、香也の本音であった。
「……それも……わかるんだけどな……」
羽生は、天井を仰いだ。
何しろ、これまでの香也は……ろくに「他人」とつき合ったことがない。異性とかそういうことより、まず、「誰かと親しくする」という感覚が、香也にはピンとこないのだろう。
『……難儀だよなぁー……。
こーちゃんも、他のみんなも……』
羽生は、そう思い、口に出しては、
「まあ、なにかあったら、相談にはのるから……」
とだけいって、香也を解放する。
香也自身が、彼女たちに対して、どういう方針を取るのか、はっきりと決断していない以上、羽生にできることは、何もない。
香也が出ていってからも、羽生は、現在のあやうい膠着状態をどうにかして打開する方法はないだろうか……と、しばらく真剣に考えてみた。
『……難しいよなぁ……』
結局のところ、何もいい案は、思いつかなかったが。
羽生の部屋を出た香也は、例によって、庭のプレハブに直行する。何枚か、描き溜めた絵を、明日、学校に搬入するつもりだったので、その準備をしなければならなかった。例の、有働に頼まれた不法投棄ゴミの絵だったが、手を着けてみると、思いの外、興が乗ってしまい、必要とされる以上の枚数を描いてしまった気がする……。
ポスター用に印刷に回すことが前提だったので、最初のうちは画用紙とかイラストボードに描いていたが、後の方になると、描き慣れたキャンバスを使用することも多かった。
全部合わせると、重量はともかく、それなりにかさばる荷物になりそうだ……と、香也は思った。
少なくとも、香也一人で持ちきれる大きさではなくなっている。
『……登校する時、みんなに頼んで持って貰おう……』
と、香也は考え、また、実際にどの絵を使用するのかは、依頼してきた放送部に判断させることにして、とりあえず、香也は描きあがった絵をすべて、搬入するための準備をはじめた。
紙は、トレーシングペーパーを間にいれて、重ねて紐で束ね、持ちやすいように取っ手をつける。キャンバスも二、三枚づつ重ねてカバーをかけた。
途中で、風呂上がりの楓と孫子が様子を見に来て、荷造りに手を貸してくれた。重労働というわけではないが、埃が舞い上がる作業であり、風呂上がりの二人に手伝わせることに、香也は抵抗を感じたが、二人は、その程度のことは、まるで気にかけた様子もなく、香也よりも手際よく、必要な絵を梱包していく。
手を動かしながら、楓と孫子は口を動かしつづけた。孫子は、立ち上げた会社についてのあれこれ、楓は、今日の日中に合った出来事、特に、現象絡みのことを詳細に語る。
しばらく、三人で荷造りをしていた香也は、ふと、あることに気づいた。
注意して聞いていないと、他愛のないおしゃべりにしか聞こえないが……今、二人が行っているのは、お互いの目が届かいない場所で、何が起こっているのかを、さりげなく報告しあっているのでは、ないのか……。
楓と孫子は、香也を巡っては対立しているが、それ以外の目的、つまり、「当面、ここに住み続ける」という目的は、一致している。
話し合った結果、なのか、それとも、暗黙の了解なのかまでは、わからないが……。
『……案外、この二人……』
孫子は、楓にシステム開発の仕事を斡旋したりしているし、楓も、そうした孫子の要請に対して、素直に応じている。また、普段の様子からしても、ことさらにいがみ合っているようにも見えない……。
この二人……香也、という要素がなければ、案外、いいコンビなんじゃないだろうか……。
『だとすれば……』
他ならぬ自分自身が、一番の余計者なんじゃないか……と、香也は思ったりする。
香也がいなければ……少なくとも、この家の住人に限っていえば、いがみ合う必要がなくなる……。
特に卑下しているわけではなく、香也は、自然にそう思ってしまう。
謙虚、という以前に、素で自分を「取るに足らない存在」と見なしている香也は、「香也」というファクターがなければ、彼女たちも「この家」に執着する理由がなくなる……ということに、本気で気がつかない。
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つづき]
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