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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(300)

第六章 「血と技」(300)

 翌日、荒野と茅が目を覚ますと、雨はすっかりあがっていた。二人とも、目覚めはすっきりとしたもので、目覚ましが鳴る前に、自然に起きることができた。そのまま置き上がり、トレーニングウェアに着替えてマンション前にでる。
 しばらくストレッチをやっていると、前後して、いつもの面子が集合してくる。
 簡単に声をかけあって、河川敷に向かった。つい数時間まで雨が降っていたため、路面は塗れていたし、空気は湿気を含んでいつもり冷たかったが、身体を動かしている間に、段々と寒さが気にならなくなっていく。
 むしろ、冬の冷気が、火照った身体には心地よい……と、茅は思う。
 毎朝の努力の甲斐もあって、このところ、茅は、自分の体力が著しく向上している……ということを、実感できるように、なっている。
 以前には、すぐに息が切れる距離でも、呼吸数も脈拍も変えずに全力で走りきることができるようになっていた。完璧な記憶力を持つ茅は、自分の変化を、回想の中で正確にチェックすることが出来る。
 過去のパラメータの変化をチェックしていると、ほんの数日前から、茅の運動能力が、飛躍的に増大していることが、確認できた。また、その変化の時に、茅の食欲も、かなり増大している。
 どうやら、毎日、一定量以上の運動を、繰り返すことがスイッチになって……茅の身体は、一般人の水準から、一族に近いものに、内側から代わりはじめているらしい……と、茅は、推測している。
 普段から、無駄に思えるほど、膨大な食料を消費する代わりに、いざという時、常人離れした能力を発揮する……というのは、荒野の体質に近い特性だった。
 荒野が、その能力に比較して、外見上、あまり筋肉が発達しているように見えないように、茅の外見も、あまり目立った変化はなかった。
 だが……茅は、いくつかの変化を、自分の内部に認めている。
 例えば……動態視力。
 高速で動く相手を、目で追う自信があの時点でなければ……テンに対する作戦も、また違ったものになっただろう。
 あの時点で、茅は、ノリや静流はともかくとして……テンやガクが、全力で動いていても、その動きを正確に補足する自信があった。
 また、朝のトレーニングの時、必要に応じて、静流は「分身」してみせる。その時にも、茅は、自分の目が、どこまで静流の動きを追うことができるのか、常に観察して、試すことにしていた。
 以前は、茅の目にも、「分身」、すなわち、「たくさんの静流が、同時に出現した」ようにしか、見えなかったが……何日か前から……具体的にいうと、そう、あれはちょうど、現象が、河原に姿をみせた朝のことだ。
 それまで、見切れなかった、分身時の、静流の動きが……その朝、茅には、完全に見切ることが、できるようになっていた。
 静流が移動する軌跡を、目で追えるように、なっていたのだ。
 目が、ついていけるようになった、ということは……もう少し、足腰が強化されれば、静流とおなじくらいに……と、まではいかないまでも、他の一族と同じくらいには、早く動けるようになる……という可能性も、ある。
 別に、身体能力に頼る気持ちは、なかったが……この先、どのような局面に直面するのか、まるで見当がつかない以上、使用できるリソースには、余裕がある方が、いい。だから、茅は、自分の能力の中で、延ばせるものは、限界まで鍛え上げ、延ばすつもりだった。
 つい、先日、荒野に、正式に体術を習う許可を貰ったばかりだが……茅の感覚によれば、その許可は、ぎりぎりで、間に合った……ということになる。
 茅の方の下地は、もうかなりの部分まで、仕上がりつつある。後は、この完成しつつあるハードウェアに、「一族の技」という歴史のある、いいかえれば、信頼性の高い、制御ソフトを、染み込ませるだけたった。
 観察し、分析し、解析し……その後、自分のものとして、取り込む。それが、茅の学習法だ。
 この土地には……今では、茅のサンプルとなりうる者たちが、多数、集まっている。

 懲りずに、佐久間現象とその監視者たちは、この朝も顔を見せていた。現象の監視者の一人である二宮舎人は、河川敷を一通り見渡した後、あるグループに目を止め、現象に合図をして近付いていく。
「……ああ。君たち……」
 舎人は、組み手をしようとしていた、甲府太介と高橋君に、声をかける。
 この二人は、二宮系と野呂系という違いはあるものの、同年齢ということもあり、朝のこの場では、よく組み手を行っている。と、いうより、年少で経験不足ということもあり、この場に集まる中で、まともに相手になるのは、この組み合わせしかない……という関係だった。
 すっごく分かりやすくいうと、「半人前以下のがきんちょ」あつかいであり、他の一族の者にまともに相手にされない者同士、ということになる。
「……ちょっと、いいかな?
 悪いとは、思うんだけど……ちょっと、こいつと、遊んでやってくれないか?」
 太介と高橋君は、顔を見合わせる。
「……いや、これも、素質は決して悪くはないんだけどねえ……。
 なにぶん、まともな教育を受けてこなかったもんで、基礎からやり直している状態なんだ。
 ご協力いただければ、ありがたい……」
 そういって、舎人は、二人の少年に頭を下げる。
「ほれ、お前も……」
 舎人は続けて、現象の頭にグローブのような太い指を置いて、強引に押し下げて、太介と高橋君への懇願を続けた。
「一応、二、三日、基本動作は仕込んでみたが……こいつに一番足りないのは、経験だ。
 君たちだって、同じようなものだろう?」
 太介と高橋君は、再度、顔を見合わせ、少し離れた場所に移動した。
「……どうする?」
「別に、断る理由もないと思うけど……。
 この前のあれ、見てただろう?」
 特に声をひそめることもなく、二人は相談をしはじめた。
 二人とも、現象が静流や、テン、ガク、ノリにかなり手ひどくやられた場に居合わせて、目撃している。
 短い相談が終わると、舎人と現象がいる場所まで戻ってきて、舎人の申し出を受け、現象と組み合う、明言した。
「そのかわり、手加減はしないよ」
 太介が、憮然とした表情で、断りを入れた。
「構わない。
 こいつ、普通よりずっと、傷や怪我の直りが早いんだ。その辺は、まったく心配しないでいい」
 舎人は、真面目な顔で答える。
「その……できれば、二人いっぺんに、こいつにかかってくれないか?
 君ら、見たところ、二宮系と野呂系だろ?
 こいつに仕込んだものがどれくらい実用に耐えられるのか、見てみたいんだ……」




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