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第六章 「血と技」(301)
「そういうおっさんは、二宮系か……」
太介は、舎人の申し出には直接答えず、さりげなく話題を逸らした。
「……よく、わかるな……」
舎人は、太い眉をビクン、と跳ね上げる。
「だって、見るからに……だし……」
高橋君は、舎人の顔を見上げる。
舎人の身体は、縦にも横にもでかく、厚みもある。外見だけで判断するのなら、「わかりやすいタフガイ」のイメージに近い。
「二宮の末端、舎人という」
舎人は、そう名乗った。
「今の仕事は……一応、こいつの監視ってことになっているんだが……。
ま。見ているだけっていうのも、これで退屈でな。
それで、このヘタレの手助けも、勝手にやっているわけだ……。
おいっ! 荒野っ!
それで、別に構わんよなっ!」
舎人はぽんぽんと現象の頭の上に掌を置きながら、少し声を大きくして、少し離れたところで、テン、ガク、ノリの三人と何やら話し込んでいた荒野に問いかけた。
「……別に、構わない」
荒野は、顔だけを舎人に向けて答える。
「というか……現象の場合……舎人さんに後押しして貰って、どうにか使えるレベルだろ……。
せめて人並み程度に使えるところまで舎人さんが調整してくれると、こっちとしても助かります。
その……現象、今のままじゃあ……あまりにも……」
荒野はその続きを口にしなかった。
現象は、実に不機嫌そうな表情で、押し黙っている。
「……あ……あっ……」
「……ま、まあ……いいっか……相手、しても……」
この間の現象の醜態を記憶していた太介と高橋君は、何となく現象がいたたまれなくなって……どちらからとももなく顔を見合わせて、頷きあった。
「……本当に、武器有りで……」
「それと……二人同時で、構わないの?」
太介と高橋君は、舎人に確認をした。
「……好きにしろ」
舎人の代わりに、現象が答える。
「ぼくに欠けていたものは、すでに補完した」
「……そうなの?」
様子を見に来た荒野が、舎人に尋ねる。
「いいや」
舎人は、ゆっくりと首を振った。
「おれは、簡単な身のこなし方とか、基礎的な鍛錬法しか教えてないが……」
「……一を聞いて十を知るのが、佐久間だっ!」
現象が、叫んだ。
「すでに昨日までのぼくではなっ……」
言い終わらないうちに、額に分銅の直撃を受けた現象は、その場で大の字になって倒れる。
「……やっ。
あっ……あっ……」
高橋君は、手にした鎖分銅と倒れた現象を見比べて、かなり動揺した声を出した。
「だって、もう好きにしていいっていったし……それに、こんな真っ正面からの攻撃、普通、まともに食らわないでしょ? でしょ?」
太助は、目をまんまるにして固まっていたが、しばらくして、ぼんやりと呟いた。
「……あれだけ偉そうにして……これで、終わりぃ?
おれ……まだ、何にもやってないのにぃ……」
自分の出番がなかったことが、いかにも不満そうな口調だった。
「……あー……」
荒野は、こめかみの周辺をこりこりと指で掻いた。
「これじゃあ……この前と、あまり変わらないんじゃ……」
「……見てな」
舎人が、にやりと笑った時……。
「……ふはっ!」
という大きな声が、聞こえた。
荒野は、ぎくりとして声が聞こえた方に顔を向ける。
「ふははははははっははははっはははははっ!」
突然、倒れていた現象が、笑い声を上げはじめた。
「……あいつ、な……」
舎人は、「やれやれ」といった感じで、肩を竦める。
「筋力や反射神経は、一族の水準を遙かに超え……その上、思いっきり、タフなんだ……」
「……驚いたか、ガキどもぉっ!」
ひとしきり意味のない哄笑を放った現象は、叫びながら、飛び起きた。
太介と高橋君が、露骨に動揺した様子で、「ひっ!」という声を上げる。
……そりゃ、驚くだろ……と、荒野は思った。
ただし、現象の行動の意味不明さに、だが……。
「……額はなぁ!
頭蓋骨の中で一番、厚い部分なんだぁっ!」
そんなことを叫びながら、現象が、太介と高橋君に迫る。
……別に頭蓋骨を貫通しなくとも、そこに打撃を加えれば、衝撃が、脳を揺さぶるけどな……と、荒野は思う。
今のも……大方、高橋君の攻撃への対応が間に合わず……現象がまともに攻撃を食らってしまった……というのが、真相だろう……と、荒野は推測する。
それにしても……。
「確かに……回復は、早いな……」
「……だろう?」
舎人が、面白そうな表情をして、荒野に頷いてみせる。
軽い……とはいえ、脳震盪から、あれだけ短時間で回復できる……というのは、やはり特異な性質である、といっていい。
迫りくる現象の前に、太介が進み出た。
そのまま太介は、素手で現象に攻撃をしかける。現象は、太介の打撃を、両手を駆使して弾いた。
意外と……様になっているな……と、荒野は、現象の動きを評価する。
わずか、数日で……と、思いかけて、荒野は、現象が「佐久間」であることを思い出す。
一度、身につけた動作は、完璧に反復することが可能なのだろう。
そして、教師役は……「負けないための方法」なら熟知している、「しぶとい」舎人だった。
[
つづき]
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