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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(302)

第六章 「血と技」(302)

 太介が両腕を矢継ぎ早に現象に繰り出し、現象は、片っ端からその攻撃を横にはじく。
 現象の動きに淀みや迷いはなく、見ただけでは、昨日今日に鍛錬をはじめたようには判断できないほどだった。

「……なかなか、様になっているじゃないか」
 荒野は、太介の攻撃を受け流している現象の動きを、そう評した。
 実際、わずか数日の鍛錬しかしていないことを考えれば、荒野の目から見て、上出来に思える。
「護身と受け身に関しては、基本の型だけを真っ先に、みっちりと教えておいたんだが……」
 舎人は、苦笑いを含んだ声で答えた。
「力も反射神経もそこそこのものだから、かえってその先が教えにくくてなぁ……」
 なるほど……と、荒野は納得する。
 現象は、素質はともあれ、性格的に図に乗りやすいタイプだ。
 舎人としては、まず最初に、自分の身を守る方法から教えておいたのだろうが……その結果、滅多のことでは打ちのめされないようになったらなったで……またそぞろ、増長するだろう。
 だから、舎人としては、この段階で、明らかに現象よりも格下に見える、太介や高橋君に、現象を打ちのめして欲しい……というわけ、らしかった。
 静流や、同じ新種であるテン、ガク、ノリの三人に負けるのは、現象としてもそれなりに納得してしまう。しかし、現象よりも年下に見える二人に太刀打ちできなかったとすれば……以後、現象としては、体術に関しては、謙虚に構えるしかなるしかなくなる。
『……年下、といっても……』
 太介と高橋君は、確かに、現象よりは「下」に見えるが……それも、程度の問題だ。
 実際の年齢よりもかなり上に見られる荒野とは違い、現象は、実年齢相応の少年にしか、見えない。
 つまり……現象は、外見上は、一歳下の太介や高橋君とは、あまり差が認められないのであった。実際の年齢差よりも、発育段階なのどの個人差の方が、大きいだろう。三人とも、中肉中背で背やウェイトも、ハンデとなるほどの差異は存在しなかった。
 太介が、やや手足が短く、高橋君が、細身でひょろりとした印象を与える位の差はあったが……それも、「強いていえば」といった程度の差でしかない。

 現象が、太介に気を取られている隙に、高橋君は現象との距離を取り、鎖分銅を使った。
 どうやらそれが、高橋君の手に馴染んだ得物らしい……と、荒野は見当をつける。
 高橋君は、細い鎖の両端にある分銅を軽く振り回し、遠心力を乗せると、左右から一度に現象に向かって投げつける。鎖分銅に使う分銅は、見た感じではそんなに大きく感じられないし、また、実際に分銅自体は、たいした重量でもない。
 それでも、勢いつけて当てれば、人の身体くらいは簡単に壊せる凶器と化す。
 一方は、現象の視界に入りやすいように、頭部に向けて、もう一方は、現象の足首に向けて……二つの分銅が、一度に現象に襲いかかる。
 現象は、逃げ場を失ったかにみえた。
 前面にいる太介も相手にしている現象は……いずれかの攻撃を避ければ、別の方向から来る攻撃を受ける。または、足首を鎖で戒められ、行動の自由を失う。

 しかし、次の瞬間……現象は、にやりと嗤った……かのように、荒野には、みえた。

 現象が、目の前に繰り出された太介の腕を払う代わりに、頭をめがけて飛来する分銅を、払う。
 同時に、身をかがめて、正面から太介の掌底に頭突きをかます。
 十分に体重を乗せて腕を繰り出していた太介は、その腕を正面から押され……足元があやしくなり、一瞬、太介は、背後方向に身体をよろめかせる。
 現象の足首には、もう一方の鎖が絡まっていたが……自分の足首と高橋君の手とを繋ぐ鎖を、無造作に踏みつけにした。
 現象の踏みつけられた拍子に鎖を一気に引っ張られて、高橋君の身体が前につんのめる。
 ……やばい……かな……。
 と、荒野は思ったが……その時には、現象は、足首に鎖が絡まった方の足を躊躇いもなく振り上げ、高橋君の顎を蹴り上げていた後だった。
 現象は、高橋君が倒れるのを確認もせず、鎖を巻き付けたままの足を、今度は横方向に、振り回す。
 鎖が、体勢を立て直す前の太介に、まともにぶつかる。
 細い鎖だったので、ダメージそのものは、あまりなかった。が……かわりに、太介の身体の周囲を何回転かして、太介の腕を胴体に、固定した。
 現象が、太介との距離を、一気に詰める。
 そして、太介が反応する前に、両腕を拘束された太介の足首を、素早く横に払う。
 高橋君に続いて、太介までもが、無様に横転した。
 その時になって、高橋君が、頭を振りながら、身を起こした。

「……舎人さん……」
 荒野は、尋ねた。
「ここまで……教えたのか?」
「いいや」
 舎人は、首を振る。
「あれは……教えて出来るものでは、ないだろう……」
 まあ……そうだろうな……と、荒野も思う。
 瞬時に状況を把握し、利用できるもの全てを利用する判断力……というのは、体術とはまた別の才覚だ。舎人が最低限の護身術を教えたことによって、現象は、そうした才覚を活かす余裕を、生み出すことができるようになった。
 最初の一撃さえ、何とかすれば……現象は、そこそこ強い……と、荒野は脳裏に書き留める。
 ただし……。
『相手によりけり、ではあるだろうけど……』
 とも、思ったが。
 相手が……目的のためには手段を選ばないプロフェッショナルなら、こんな手は、まず通用しないのだが……現場経験のない太介や高橋君相手なら、この程度の機転でも十分に対応できる……と、そういうことなのだった。

 気づくと、遠目で成り行きを見守っていた一族の者たちが、現象に近寄ってくるところだった。




[つづき]
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