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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(303)

第六章 「血と技」(303)

 現象の周りに寄ってきた一族の者たちのうち、一人が現象に手を差し出した。
「……佐久間にも、面白いのがいるんだな」
 寄ってきた一族の者たちは、口々にそんなことを言い合いながら、現象を取り囲み、みながらにやにやと笑っている。
「佐久間が、面白いのばかりだと思わないでください……」
 梢が、顔を伏せてぼつりという。
「……そういわれても……この中で、佐久間を実際に見たヤツ、皆無だし……」
 梢の側にいた若い女性が、梢に手を差し出しながら、答える。
「実は……みんな、興味はあったんだけど……今まで、話しかけるきっかけがなくって……。
 あっ……わたし、野呂の茜」
「えっと……佐久間の、梢といいます……」
 梢は、おずおずと、茜の差し出した手を握る。
 すると、堰を切ったかのように、「おれも、おれも……」と梢の周りにいた男性陣が、梢に手を差し出して一斉に名乗りはじめた。
「……えっ……あっ、あっ……」
 梢は、困惑した様子で、周囲をきょろきょろと見渡す。
「まともに相手にするな」
 舎人が、憮然とした表情でいった。
「もともと、一族っていうのは、大概に物見高いんだ。
 現象は、この間の騒ぎの元凶だし、加納の若の手前もあって、今まで自重していたんだろうが……これからは、何かとちょっかいを出してくるぞ……」
 そういって、舎人は、数人がかりで羽交い締めにされ、連行されていく現象を指さした。
「……ほれ。
 あのヘタレも、少しはやると思われた途端、あのざまだ。
 連中、これからめいっぱい現象をこづき回してどこまでのものか試して、その後、野呂と二宮とで、競うように技をたたき込んでいくぞ……」
「……は……はぁ……」
 梢は、目を点にして、次々に一族の術者たちに襲いかかられている現象を、みる。
「……あの……それって……いいこと、なんでしょうか?」
「……現象にとっては、いいこと……なんじゃねーのか?」
 舎人は、ぼりぼりと音をたてて太い首を掻いた。
「今まで孤立していたあいつにとっては、いい経験だろう……。
 だが……あいつが、経験値溜めてレベルアップしていくと、見張っているおれたちにしてみれば、どんどん扱いにくなるなぁ……」
「そんな……のんきに……」
 梢は、舎人の無責任な言葉に、かなり呆気にとられている。
「無駄だよ、梢さん……」
 それまで黙って成り行きを見守っていた荒野は、割ってはいる。
「舎人さんは……こうなると予想した上で、現象をけしかけたていたんだ」
 ここまで来れば、荒野にも舎人の思惑が、おおよそのところ読めている。
「舎人さんは……おそらく、現象を、他の一族の者に接触させたいんだろう……」
「あいつ……何かというと、一族キラーだとかなんとか、ほざくからなあ……」
 舎人は、荒野に向かってそう応えた。
「少しは現実というものを、自分の身体で体験してみた方が、いい。
 実力差を……己を知るということも、必要だし……それに、一族にしろ一般人にしろ、人間なんて個々人、それぞれに違う。
 そのことを、肌で感じて貰わないと、あいつの歪みはどうしようもねーだろ……」
 梢は、少し思案顔になって、舎人の言葉について、検討している様子だった。
「……わかりました。
 短期的には、ともかく……長期的に見てれば、現象の人格的な成長を即した方が、余計なトラブルは少なくなる……と、理解します」
 少しして梢は、真面目な表情で、頷く。
「それに……現象が、多少戦力として成長しても、わたしたちで十分に抑えられます」
 ……そう願いたいものだな……と、荒野は、内心で梢の言葉に頷いた。
 佐久間の長がこのような形で現象を放し飼いにしているのなら、それなりの予防措置も、二重三重に講じているのだろう……と、荒野は予想しているし、梢の「十分に抑えられる」という発言についても、その文脈で理解できるのだが……やはり、誰にとっても一番いい展開は、「現象が、特に監視を必要としない存在になる」ということだ。
 荒野の経験からいっても、幼少時に植え付けられたドグマや憎悪など、害こそあれ、本人にとっても周囲の者にとっても、利点はひとつもない。そうとわかっていても、意識の底にこびりついた負の感情は、なかなか拭えるものではない。
「この世の多様性を、肌で実感させる」という舎人の方法論は、それなりに有功だろう……と、荒野も思う。強制的に植え付けられたドグマや憎悪を消せないのなら……せめて、他の様々な事物を経験させ、その比重を、小さくするように、し向ける……というのは。
 別に、荒野にしてみれば、現象の人格的成長などにはまったく感心が持てないわけだが、それでも、他の一族と、無分別に交わらせたり、普通の一学生として、学校に通わせたり……という経験を現象に積ませることは、現象の視野を広くする上で、それなりに、妥当な方法だろう……と、荒野も、思う。

 その現象は、今では、大勢の一族の者たちに囲まれて、いいオモチャになっていた。

「……あの三白眼の子も、なかなか面白いじゃないか……」
 登校時、飯島舞花は、脳天気な口調で現象のことをそう評した。
「ま……見ているだけなら、確かに、面白いやつなんだけど……」
 荒野は「面白い」という部分を否定しきれないので、仕方なく肩を竦めた。
「……あれも……春から、三人とともに、うちの学校に通うようになる……。
 それを考えると、ちょっとな……」
 これ以上、問題児が増えたとしても……荒野の警戒心はすでに振り切れていて、麻痺している。
 このあたりの荒野の心情を言葉にするならば、「どうにでもなれっ!」という捨て鉢さよりも、「……なるようにしか、ならないだろう……」という諦観に近い。
 現状はすでに、いい加減、荒野一人の努力ではどうにもしようがないほどに錯綜している。
 今、そしてこれから、荒野に出来ることは、自分一人の努力だけではどうにもならない、ということを自覚しつつ、それでも、事態を好転させようとすることを、諦めないことくらいだった。




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