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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(304)

第六章 「血と技」(304)

 教室内に入ると、荒野は、いつもの雰囲気との違和感を感じた。雑然としているが、騒がしいわけではない。むしろ、いつもは無駄におしゃべりをしている連中が、殊勝にも教科書やノートを開いている。
「……そっか……。
 テストか……」
 しばらく考えて、荒野は、雰囲気の変化の原因に、ようやく思い当たる。
 今日の六時限目に、英語の実力テストが実施される予定だった。
 考えてみれば、二年の三学期もあと僅か。
 それまで、成績に関してのんきに構えてきた生徒の中にも、そろそろ、神経質になりはじめても、不思議ではない時期だ。
「……余裕ねぇ」
 他人事のような口調で感想を述べる荒野に、明日樹はため息をついてみせる。こちらは、時間が経つにつれて、ナーバスになっていくグループに属している。
「普段から、なすべき事をなしていれば、動揺する必要はありません」
 そういう孫子は、普段から、放課後に飛び回る関係上、学校にいる間は、休み時間も惜しんで一人で自習を行っている。孫子は、自らのスペックを維持、向上させるための努力は、惜しまないし、他の生徒たちの視線も気にしないの性格であった。
「気にしたところで、点数がよくなるわけではないっていうのは、そうなんだけどな……」
 舞花は、そういう。
「でも……まったく気にするなっていうのも、無理だろう。実際問題として……」
 茅のような特殊な記憶力を持っていない限り、何の努力もなしに、新しい知識を身につけることは出来ない。それは、一族も一般人も変わるところがない。
「でも……勉強って、やってみると、なかなか楽しいよな?」
 荒野も、最近では、合間の時間を見つけては、こつこつと学習時間を捻出している。やってみてはじめて気づいたが、自分が興味を持てる分野に限っていえば、自主的に知識を増やすことは、これで、なかなか、楽しい。
「……それ……テスト前で殺気立っている人に、直接いってみたら?」
 荒野の言葉を聞くと、明日樹は、憮然とした表情で、ぐるりと腕をまわして教室内をしめした。
 そういったわけで、荒野の意見に賛意はえられなかった。 

『……二年生も、もうすぐ終わり……』
 来週には期末試験があり、それをすぎると、もう授業はないらしい。そのあと、試験休みが何日かあり、残りの登校日は、卒業式の練習とやら大掃除やらに費やされる、という話しだった。全校生徒が参加するリハーサルを、何度か繰り返すらしい。
 そうした「直接、授業や成績に関係しない行事も、学校ではそれなりに大切だ」ということを、荒野も、そろそろ、学びはじめている。
 人にも、よるのだろうが……成績のことを、まったく気にかけないグループも、生徒の中には存在し、そうした生徒たちにとっては、学業よりも節目節目で行われる行事の方が、大切だったり印象に残ったりするのだろう。
 ともあれ、三学期もそろそろ終わりに近づいている。
 そして、春休みを挟んで、新学期になれば……テン、ガク、ノリの三人が入学してきて、現象と梢は二年に転入してくる。茅や香也たちは二年生に、荒野たちは三年に、それぞれ進級する。沙織先輩は、卒業して上の学校に入学する。
『……繰り返しのようで、少しづつ、変化していく……』
 こういう反復は、別に、学生生活だけに限ったことではなく、どこかに定住して安定した生活を送っている一般人なら、それが当たり前の生活なのだろうが……そもそも、ここ数年の荒野は、ごく短時間で世界中を飛び回る生活をしていたので、そうした感覚は、ひどく新鮮に感じられた。
 こうした平穏な生活が……。
『……出来るだけ……』
 長く続けば、いいな……とも、荒野は思う。

 昼休みくらいから、教室内の空気はさらに緊張感を増し、六時限目のテスト中に、その緊張感は、最高潮に達していた。
 六時限目、すなわち、テスト時間の終わりを告げるチャイムが鳴ると、生徒のほぼ全員の口から、脱力感と解放感、それに、諦めが複雑に入り交じったため息が一斉に漏れる。
 監督していた教師が、答案用紙を回収するように告げ、後ろの席の生徒から前の席の生徒に、裏返しに伏せた答案用紙を順送りに渡して回収する。監督役の教師が生徒全員分の答案用紙を回収し終えると、日直が号令をかけた。
 教師が教室を出ていくと、生徒たちのざわめきが大きくなる。
「……おーい、加納君」
 嘉島が、荒野の席に近寄ってきた。
「君、英語はネイティブだろ?
 ちょっと、正解を教えてくれ……」
 それがきっかけとなり、荒野の席を、あっという間に
生徒たちが取り囲む。
「……ネイティブって……そりゃ、日常会話に不自由しないくらいは、読み書きできるつもりだけど……文法とか、ひっかけ問題は、あんま自信ないぞ……」
 そんな前置きをしながら、荒野は、生徒たちの質問に答える形で、一つ一つ、自分の解答を答えていく。そのたびに、荒野の周囲に集まった生徒たちは、安堵か悔恨のどちらかのため息を漏らしていた。
 そんなことをしているうちに、
『……ぴんぽんぱんぽーん……』
 というチャイム音が校内放送で、響く。
『……現在、図書室内において、生徒有志による、本日の試験の答え合わせが行われております……』
 とり済ました声を出しているが、玉木の声だな……と、荒野は思った。
『……二年生の答案については、三年生の佐久間沙織さん、一年生の答案については、一年の加納茅さんが、解説を行っております。
 興味のある生徒は、図書室までおいでください……』

「……そっちに、行こう」
 ふたたび、『……ぴんぽんぱんぽーん……』というチャイム音が響き、校内放送が終わると、荒野はすかさず、周囲の生徒に声をかける。
「……おれよりも、佐久間先輩の方が確かだし……それに、いつまでもここに居座っていると、掃除当番の邪魔になる……」
 荒野は、十名以上の生徒を引き連れて、図書室に向かう。

「……やってる、やってる」
 図書室に着いた荒野は、中をのぞき込んで呟いた。
 図書室の閲覧室は、普通の教室の二倍くらいの面積がある。その閲覧室の中で、茅と沙織が離れた場所に陣取り、それぞれ、一年生の分と二年生の分の試験問題について、解説を行っている。一年生と二年生、それぞれ、すでに二十名以上は集まっており、荒野たちのように、放送を聞いて集まってきた生徒たちも、まだまだいる様子だった。
 これ……最終的には、結構な人数になるんじゃないか……と、荒野は思った。
 荒野たちは、沙織を中心とした集団の周縁部にとりつき、熱心に沙織の解説に耳を傾けはじめた。荒野がそれとなく、観察してみると、やはり、一年生よりも二年生の方が、熱心に聞いているようだった。
 一年生は、受験までの間があるせいか、まだ、あまり逼迫感というものを感じなかったが、二年生の大半は、かなり真剣な表情をしている。
 沙織や茅の解説に耳を傾けている生徒たちを観察して、
『……なるほど、なぁ……』
 と、荒野は、納得した。
 最初、荒野は、先ほどの校内放送で、玉木がわざわざ、生徒である沙織と茅の個人名をいったのか、よくわからなかったが……毎日のように行われる勉強会の際に、沙織にも匹敵する茅の知識の確かさは、生徒たちの間にも、すっかり知られるところとなっているらしい。
 沙織の周囲に集まった生徒たちも、茅の周囲に集まった生徒たちも、沙織や茅が、間違った知識を伝える可能性については、まるで心配している様子がない。
 こと、学業に関しては、茅の知識の確かさは、今では、かなり広い範囲で生徒たちに認知されているらしい……と、荒野は観察する。
 荒野が、さりげなく周囲を観察していると、香也と楓が、何人かの一年生と一緒に図書室内に入ってくるのを、見つけた。
 荒野は、そっと席を立ち、香也たちの方に近づいてく。




[つづき]
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