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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(305)

第六章 「血と技」(305)

 他の生徒たちに混ざって沙織の講義を一通り聴いた後、荒野は早々に退散することにした。時間がたつほどに、図書室に集まる生徒が増えている。後から来た他の生徒たちにも、場所を譲ってやるべきだと判断した。
 荒野が席を立つと、一緒に来た同じクラスの生徒たちも、荒野の後についてぞぞろと図書室を後にする。
 ほぼ同時に、茅を中心とした一年生たちも、全員、図書室から退出して移動しはじめていた。人数が増えすぎたから、別の教室に場所を移す、とかいうことだった。一年生が出て行った分、図書室内の空間は空き、後から来た二年生を収容するのに都合が良かった。
 香也と楓は、その一年生たちとは別の方向……つまり、美術室の方に向かう。荒野も一瞬、そっちに同行しようかと思ったが、思い直してそのまま帰ることにした。
 冷蔵庫の中が空っぽになっていたことを、思い出したのだ。

 帰りに商店街に寄って、すっかり顔なじみになった店の人たちと無駄口をききながら抱えきれないほどの荷物を抱え、そのままマンションに向かおうとしたところで、声をかけられた。
「……か、加納様……」
 白い杖を手し、犬を連れた静流だった。
「どうも」
 荒野は、両手に抱えた荷物の間から出した、頭だけをぴょこんと下げる。静流にはこちらの様子は見えない筈なのだが、気は心というヤツだ。
「お、お買い物、ですか?」
 静流は、声をかけながら、荒野に近づいてくる。
「ええ。
 学校帰りに寄り道、です。最近、前にも増して、食料の減りが早くて……」
 と、反射的に静流に答えかけて、荒野は、
『……確かに……食料を消耗する速度が早いよなぁ……最近……』
 ということに、気づく。
 最近は荒野自身で買い物に出る頻度が少なくなっているので、それと、酒見姉妹が夕食を食べていくことが多いので、今までなかなか思い当たらなかったが……よくよく思い直してみると、確かに……茅の食欲は、以前よりもずっと増している。荒野が知る範囲では、同年配の少女より、かなり多く……倍以上、食べているのではないのか?
 最近、荒野は、大勢で食卓を囲む機会が多いので、同年配の少女たちが一食につき、どの程度「食べる」のか、かなり具体的に類推することができるようになっている。
 まるで……。
『……おれ、みたいに……』
「……ど、どうか、しましたか?」
 静流が、急に黙り込んだ荒野に、戸惑ったような声をあげる。
「いや、別に……」
 荒野は、平静な声で静流に答えた。
「……何でも、ありません……」
 茅が、加納の体質を受け継いでいることは、すでに判明している。それ以外に、この先、どういう特性が発現しようが……今更、驚くべきことではないのかも知れない……と、荒野は思う。
「……そ、そうですか……」
 静流も、それ以上追求しようとはせず、話題を代えた。
「か、加納様は、今、お、お時間がおありでしょうか?
 じ、実は……」
 近く開店する予定の静流の店の内装工事が終わったから、よかったら見に来ないか……と、静流は荒野を誘った。
 荒野には、断る理由はなかった。

「……明るくて、いい感じですね……」
 静流に案内されて、内装が仕上がったばかりの店内に入った後、荒野は周囲を見渡して、そう感想を漏らした。
 決して広くはないが、白で内装を統一された店内は、とても明るくて、清潔に見える。もともとあった古い商店に、内装だけを手に入れただけだったから、建物の外見は、率直にいってみすぼらしいくらいだったが……中に入ると、全然印象が違ってくる。
「……わ、わたし……これですから……」
 静流は、サングラスを指先で軽く叩く。
「……せ、センセイや、千鶴さんの意見を聞いて、こういう内装にして貰いました……。
 じゅ、什器とかの手配は、これからですけど……。
 あ、あまり広くないので、多くのスペースは、さけないですけど……お、お茶を試飲するためのコーナーも、つ、作るつもりなのです……」
 静流の言葉通り、今の店内には、何もない。
 だから、外から見た印象よりも、かなり広く感じられた。
「……それで……静流さんは、この上に、住んでいるんですか……」
 荒野は、荷物を抱えたまま、上を見上げる。
 静流は、借りた店の階上に住んでいる……と、以前、何かの拍子に聞いた覚えがあった。
「そ、そうです……」
 静流が、頷く。
 それから、急に何かに気づき、小さな声をあげる。
「……あっ。
 い、いつまでも……立ち話しも、なんですし……。
 ど、どうぞ……お二階に……」

 荒野は、静流に先導されて、店の二階に続く階段へと案内される。
 犬は二階にあげないようにしているのか、店の中で床に伏せ、蹲っていた。
 静流自身には必要がないためか、階段の灯りはつけておらず、採光も悪かったため、昼間であるにもかかわらず、かなり薄暗かったが、夜目が利く荒野としては、それでもまるで不自由をしなかった。
 階段だけではなく、店内の内装が明るかったのに比べ、居住部分に一歩足を踏み入れると、途端にこの建物の古さが露わになる。
 足を乗せるたびにぎしぎしと軋む狭い階段を上がり、二階部分に入ると、そこは畳が敷かれた日本間で、しかも、敷かれている畳はいちように陽に灼けていて、この建物の年季を感じさせた。
 部屋の真ん中にぽつんと置かれているちゃぶ台と、その隣に置かれている火鉢以外に家具らしい家具は見あたらなかった。火鉢の上には鉄瓶が置かれ、そこから湯気が立っている。どうやら、その火鉢は格好だけのものではなく、「現役」で使用されているらしい。
 がらんとした室内を見渡し、荒野は、
『……静流さん……普段、一人でいる時間は、どうやって過ごしているんだろうか……』
 と、荒野は、ふと疑問に思った。




[つづき]
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