2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(306)

第六章 「血と技」(306)

 静流は、火鉢のそばに座布団を置いて荒野に進めてくれた。
「……こ、こうして、手をかざすと、暖かいのです……」
 中腰になった静流自身が火鉢に手をかざして、実演してくれる。
「……確かに、暖かいですけど……」
 荒野は火鉢の前に腰を降ろして胡座をかき、家具もろくに揃っていない部屋の中をみわたしてから、静流に尋ねた。
「暖房器具、これだけ……なんですか?」
 問いかけた途中で、荒野は、ぎくりと動きを止める。
 ジャケットを脱いだ静流が、身体に合わないほど大きな綿入れを羽織ろうとしている。
「……だ、だんぼう……ですか?」
 静流は、首を傾げながら、荒野の隣に腰を降ろした。
 身体に合わない……というより、綿入れが大きすぎて、完全に、静流の身体がすっぽりと埋まってしまっている。「着ている」というよりも、「くるまっている」といった感じだった。
「じゅ、十分、暖かいので……必要ないですが……」
 まるで布団にくるまっているかのような静流の格好をみて、荒野は思った。
 その格好なら……それは、そうだろう……。
「静流さん……その、綿入れは……」
 荒野は、恐る恐る尋ねる。
「これ……ですか?
 ち、父が、風邪をひくからといって……いろいろ、送ってくるのです……。
 ほ、他にも……」
「……他にも?」
 荒野が聞き返すと、静流は「な、なんでもないです!」と首を振って強引に話しを打ち切った。
 ……とりあえず、静流さんが、あまりファッションに拘らないことと、それに、静流さんの父上が妙に心配性ならしい……と、荒野は思った。
 前者については、静流の障害のことを考慮すると、別に不思議ではない。見た目を気にしなければ、全身をすっぽりと覆う綿入れは、確かに冬場は暖かいだろう。
「……お、おかしい……ですか?」
 荒野のわずかな雰囲気の変化を察した静流が、そう聞き返してくる。
「いえ。別に」
 荒野は、真面目な表情で頷いて見せた。
 親の愛情や静流の障害に由来する齟齬を、物笑いの種にするべきではないだろう……と、荒野は思う。
「不自由がないのが、何よりです」
 大真面目な顔をして頷いて、荒野は、火鉢に手をかざす。
 炭火とその上に乗せてある鉄瓶は、手を近づけてみると、想像していた以上に暖かい。
 それも、じんわりと肌にしみてくるような、柔らかい暖かさだった。
「……そ、そうですか……」
 荒野の返答に納得しない表情をしながらも、静流は、それ以上追求してこようとはしなかった。
 静流はそのまま、火鉢の引き出しから湯呑みと出し、そこに茶葉を一つかみ入れて、鉄瓶のお湯を注いで荒野の前に差し出す。
 いつものことながら、洗練を感じさせる、手慣れた、流れるような動作だった。
 荒野は、一口、口をつけただけで、嘆息してしまった。
「……こう……身体の中から、暖まりますね……」
 うまい……ということは、静流がいれたお茶であるから、今更いうまでもないような気がする。
 しかし、こうして室内の気温が低い中で飲む、熱いお茶は……快適な環境で飲むものよりも、一層おいしく感じられる。
 ひょっとして静流は、普段からおいしいお茶を楽しむために、あえてろくな暖房を整備していないのかもしれない……などと、荒野は、感じた。
「そ、それは、よかったです……」
 荒野のすぐとなりに座った静流は、頷く。
 気づくと、静流の顔が、すぐ横にあった。
「さ、寒く、ないですか?」
 すぐ横にある静流が、荒野の方に顔を向けて話すと、吐息が、荒野の頬にかかってくる。それくらいの、近距離だった。
 間近でみると、静流の肌は、白くて肌理が細かいな……と、荒野は感じる。
「……いえ……別に……」
 静流の無防備さにどぎまぎしながら、荒野は、「ああ。そうか。この前、あんな約束したから……今更、警戒する必要もないのか……」とか、そんならちもないことを考える。そんなことを思い出したり考えたりするうちに、荒野は、ますます動悸が早まることを自覚する。
「……いつも……ここに、一人で……」
 そこで荒野は、さりげなく話題を変えた。
「……ひ、一人で……といっても……お、お引っ越しの後、すぐに、改装工事に入りましたし……。
 それに、野呂の縁者やご近所の方が、入れ替わり立ち替わり、様子を見に来ますし……」
 ……それも、そうか……。
 と、荒野は思い直す。
 今まで、何かと騒がしくて……それで、今は……静流が越してきてからはじめて訪れた、静かな時間なのかも、知れない……。
 静流の店が開店すれば、新たな人の出入りも、それなりに発生するだろうし……。
 そう考えると、静流の身辺については、そう心配する必要もないのかも知れない。
「……この、火鉢……留守中も、火を消さないでいくんですか?」
 荒野は、再び話題を変える。
 少なくとも、荒野がこの部屋に入った時には、種火はついたままだった。
「こ、これ……一度火を落とすと、また火を起こすの、一苦労なのです……」
 静流は、少しあどけない表情になって、ちろりと舌を出した。
「ほ、本当は、いけないんですけど……ゴミ出しとか、ちょっとしたお買い物とか……三十分以内に帰ってくるような用事なら、そのままでいっちゃいます……」
 大地震でも来てこの家が横転でもしなければ、まず火事になることもないだろうから、実際上、それで問題がないのかも知れないな……と、荒野は、見るからに古そうな、時代劇にでも出てきそう火鉢を見降ろしながら、そう納得をする。
 静流は……まだ、ここに越してきて間もないのに、自分なりのライフスタイルを、すでに構築しつつある……と。
「この火鉢……お店がはじまったら、そっちに置いてもいいですね……」
 荒野は、そんなことを口にする。
 どのみち、開店したら、静流は一日のほとんどの時間を、店の中で過ごすことになるだろう。




[つづき]
目次

有名ブログランキング

↓作品単位のランキングです。よろしければどうぞ。
HONなび




Comments

Post your comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

このページのトップへ