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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(307)

第六章 「血と技」(307)

「なにか不自由することとか、ありませんか?」
 荒野は念のために、静流に尋ねてみる。
 障害があろうがなかろうが、静流は立派な大人であり、年下の自分がこのようなことを聞くのも、僭越なような気もしたが……荒野には想像できないような、些細な事柄がネックになっていることもありあえるし、また、静流と二人きりになることも、ほとんどない。
 いい機会だし、聞きにくいことはこの場で聞いてしまうのがいいだろう、と、香也は思った。
「と、特に、何も……」
 静流は、首を振った。
「み、みなさん、よくしてくださいます。
 こ、こちらに引っ越してきてから、楽しいことばかりです……」
「……そうですか……」
 荒野は安堵して、頷く。
「何かあったら、いつでもいってください。
 できるだけ、力になります」
「か、加納様は……」
 静流は、顔のムキを動かさずに、火鉢にかざしていた掌を動かし、湯呑みを包み込むように持っていた荒野の手を、掌で包み込む。
「……いつも、そうして、他人の心配ばかりしているように、見えます……」
 静流の方から荒野に触れてきたことに、若干の戸惑いを感じながら、その動揺を押し隠すように、香也は、できるだけ平静な声で答える。
「……そういう、性分ですので……」
「わ、わたしも、そうですよ」
 静流は、湯呑みを持っていた荒野の手首を軽く握り、自分の顔に導く。
「こ、この目も……他人様とは、多少、違うそうですが……生まれた時からこうですから、わ、わたしは、今の状態が、異常だとは、思っていません。
 む、むしろ……健常者の方は、なんて鈍いんだろう……と、ど、同情することも、多いです……」
 荒野は、静流に手首を持ち上げられて、静流のサングラスに触れていた。
 ……静流の言葉に、嘘はないのだろうな……と、荒野は思う。
 静流が日常生活に不自由していないことは、普段の様子をみていれば、よく理解できる。
 それより……荒野は、不躾を承知で、以前から気になっていたことを、聞いてみた。
「静流さんは……その、どのくらい、見えるんですか……」
 静流は、サングラスを荒野の指に握らせて、顔から離す。
「ほ、ほとんど……見えません」
 静流は、焦点の合っていない目で荒野の顔を見据えたまま、顔を近づけてくる。
「こ……こんなに近づいても……輪郭が、わからないのです。
 かろうじて、暗いところと明るいところの区別は、つきますが……も、ものの形は、まるで見分けられません……」
 全盲に近い、強度の弱視……という噂は、本当らしい。
「か、加納さまの、お顔……さ、触ってみても、いいですか?」
 今度は、静流の方が、荒野に尋ねる。
「ご自由に、どうぞ」
 今度は荒野が、静流の手をとって、自分の顔に近づける。
 しばらく、静流の指が、荒野の顔の輪郭を確かめるように、細かく、動いた。
「……か、加納様のお顔……き、きれいな……均整のとれた形を、しております……」
 静流は、目を閉じて荒野の顔をまさぐった後、そういった。
「静流さんの方が、きれいだと思いますが……」
 実のところ、サングラスをかけていない静流の顔を間近で見るのは、荒野も初めてのことだった。
 予想以上に、美人だ……と、荒野は思ったので、素直に口に出来た。
「色が、白いし……それに、肌のきめが、とても細かい……」
 そういう細かい部分は、これだけ近づいてしげしげと見つめなければ、よく観察できない。
 しかし、荒野の言葉をお世辞の類と思ったのか、静流は、ぱっと身を翻して、荒野から身体を離そうとした。
 荒野は、反射的に静流の肩に手をかけて、静流を抱き寄せようとする。
「……お、おからかいになっては、困ります……」
 荒野に抱き寄せられながら、静流が、狼狽した声を出す。
「……からかっているつもりは、ないんだけど……」
 荒野は、静流の身体を完全に両腕で抱きしめた。
 すぐに、静流の抵抗は弱まった。
「その……静流さん。
 誰にも、そういうこと、いわれたことないですか?」
 逆に荒野は、心底不思議そうな口調で、静流に問い返した。
「……そ、そんなこと……」
 静流は、荒野の腕の中で、蚊の鳴くような声を出す。
「み、みんな……ほ、本当のことなんて、いうわけ、ないのです……」
 ……あー……。
 そういえば……この人、野呂本家の、箱入りだったけか……とういう事実に、荒野はようやく思い当たる。
 ……ある年齢になるまで、身内の人間しかいないところで、高貴な血筋に生まれ育つ……というのも、荒野には想像が出来ない苦労があるのかも、知れなかった……。
「……静流さんは、本当に、おきれいですよ……」
 荒野は、静流の身体を抱きしめながら、耳元に口を近づけて、囁く。
 そういっても、静流は、荒野の腕の中で身を固くするばかりだった。
「あの……こういうの、いやですか?
 静流さんが、いやなら……腕、離しますけど……」
 荒野が腕を緩めると、今度は、静流の方が荒野にむしゃぶりついてきて、荒野の身体を押し倒した。
「ちょっ……静流さん……」
 畳の上に押し倒されながら、荒野は、苦笑いを漏らす。
「い、いやでは……ないです……」
 静流は、仰向けになった荒野の胸に顔を埋めながら、呟く。
「で、でも……こういう時、ど、どうすればいいのか……よく、わからないので……」
「……ええっと……です、ね……」
 荒野は、静流の肩に手をかけて静流の上体を起こし、座り直させた。
「順番に、行きましょう。
 ええと、静流さん。
 おれ、今、静流さんにすっごくキスしたいんだけど……やっても、いいですよね」




[つづき]
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