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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(308)

第六章 「血と技」(308)

「そ、そういう聞き方は……ずるいです」
 静流はそういいながらも、荒野の身体を抱きしめる力を、弛めない。
 静流さん……着やせするタイプだな、と、荒野は思った。
「そ、それに……わ、わたし、男の人とこういうこと、するの……はじめてなんですよ……。
 も、もう少し慎重にしてくれないと……正直、怖いです……」
 事実、静流の身体は細かく震えていた。
「それじゃあ、ゆっくりと、慣れていきましょう……」
 荒野は、胸元の方に顔をずらしながら、そう答えた。
 静流が受胎するまで……これから何度となく、荒野は静流を抱くのだろう。それが、二人が合意した約束であり、選択だった。
「か、加納様の方は……よりどり、ですものね……」
 静流は、荒野の髪を指でぐしゃぐしゃとかき回す。
「……ちょっ……。
 や、やめてよっ! 静流さん……」
 荒野は静流の上から身を起こし、手櫛で髪をざっと整えた。
「……加納様は……」
 静流は、ゆっくりと身を起こし、荒野に顔を近づける。
「女性とのことはともかく……加納様は、何でも、一人で背負いすぎです……」
 そんなことをいいながら、静流は、荒野に体重をかけて、荒野の身体をゆっくりと畳の上に押したおした。
「た、頼りないかも知れないですけど……これでも、年上なんですよ」
 静流の顔が、荒野の直上にある。静流が、荒野の上に覆い被さっていた。
「か、加納様は、もっと周囲の大人を……信用……できなければ、利用しても、いいんですよ……。
 み、未知の……得体の相手に、自分たちの力だけで、って……む、無謀なのです……。
 か、加納様は、なんで……」
 静流が、荒野の頬の両側を掌で固定して、口唇を重ねる。
 口唇を触れあわせるだけのキスを、しばらく続けて……静流は、顔を離す。
「……そ、そんなに、一人なのですか?
 お、大勢の人に囲まれながら……か、加納様は、いつも、一人でいます。一人で、いようとしています……」
「そう……見えるかな?」
 荒野の微笑が、引き攣る。
 もちろん、荒野は日常的に無理をしている。荒野が不安そうな様子をしていたら、周囲の者が動揺するからだ。どんな時にでも、平然としていること……は、荒野の重要な仕事である……と、荒野自身は思っている。
「ほ、他の人の目がない時くらいは……む、無理をしないで、いいのです……。
 ふ、二人きりの時くらいは、せめて……」
 ……甘えてくれても、いいのです……と、静流はいう。
「おれ……無理しているように、見えますか?」
 荒野は、泣き笑いの表情になって、いった。
 静流の視覚に障害があってよかった……と、そんな不謹慎なことさえ、荒野は考える。
 今の自分は、とてもひどい顔をしているだろう……と。
「……ど、どだい、無理なのです。
 しょ、正体不明の、強力な……いつ襲いかかってくるのかわからない、襲撃者。
 そ、その派生新種も含めた、い、一族全ての、将来……。
 その……ど、どちらかでも、十分な、お、重荷なのに……両方を、い、いっぺんに、なんて……」
 い……今の加納様は、重すぎる荷物を、あえて背負おうとしています……と、静流は続ける。
「か、加納様は、いいかっこうしですから……か、茅様の前でも、平気な顔をして、格好つけているんでしょう……」
「そ……そんなつもりは……ないんだけど……」
 荒野はそう答えたが、どうしても小声になってしまう。
 静流のいうとおり……無理をして平気な顔を続けるうちに……自分は、感覚を麻痺させてきたのではないか……。
「……おれ……荒事、とか、前線に出るのは、かなり慣れてきた……。
 でも……でも……おれだけでなく……仲間とか、無関係の人とかの命とか……そういうのを守るのって……守ろうとするのって……は、はじめての、ことで……」
 荒野は、自分の声が震えているのを、自覚した。
「そ、そういうの……大事なものや人を失うのを恐れるのは……。
 こ、怖くても……は、恥ずかしいことでは、ないのです……」
 静流はそういって、荒野の髪を、指で梳く。
「は、はじめて、なんだ……こんなに……いろいろな人と、知り合いになって……普通に、何も考えずに、話したり、ふざけたりするのって……。
 おれ……そういうの……今の生活、壊したくなくって……ただ、それだけで……。
 一族とか新種とか、そんなの、本当は、どうでもいいんだけど……でも、ひとつひとつ、解決していかないと、おれ、ここにいられなくなって……だから、何とかしていこうって……本当に、ただ、それだけで……」
「か、加納様は……個人としては、ほとんど、万能です」
 静流は、荒野の頭を抱きしめる。
「ほ、他の人が出来ることは、ほとんど何でも出来るし……で、でも……どんなに優れた資質の持ち主でも、一人の人間には、ちっぽけなことしかできないのです……」
「……そうだよ……本当に、そうだ……」
 荒野は、静流の胸に顔を埋めた。
「おれ……ここに来るまでは……たいていのことは、自分で解決できる……と、そう思っていた。
 だけど……この土地に来てからこっち……自分の手だけでは、何の解決も出来ない問題ばかりが、立て続けに、目の前に立ちふさがってくる……」
「こ、ここでなら……甘えても、いいのです」
 静流は、荒野の耳元に口を寄せて、囁く。
「二人きりの時は、弱音を吐いても……泣いても、わめいても、いいのです……」
「……あっ。
 やべ……そんなこと、いわれると……本当に……」
 荒野は、自分の涙腺が緩んでくるのを感じた。
「いいのです」
 静流は、決然とした口調で断言した。
「か、加納様は……今まで、それだけ無理を重ねてきたのだから……少しは、気を緩めないと……こ、この先も、長続きしないのです……」

 荒野は、静流の胸に顔を押しつけて、声を押し殺して、すすり泣きはじめた。




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