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彼女はくノ一! 第六話(49)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(49)

「……どうかしたの?」
 挨拶が終わると、狩野家の面々の様子がいつもとは違うことに気づいた樋口明日樹が、小声で香也に尋ねてきた。
「……んー……」
 香也は、少し考え込み、これ見よがしに香也の腕を取っている孫子から顔を逸らし、結局、
「……朝から、いろいろ、あった……」
 と、言葉を濁す。
「……そう」
 明日樹は、狩野家の同居人たちをさりげなく見渡す。
 にこやかな孫子を除いて、全員が、どことなく苛立っているように見受けられた。
 ……具体的に何があった、ということこそ、わからなかったが……それでも、「どういう種類のことがあったのか」ということは、明日樹にも、漠然と想像できた。
「香也も、大変だ」という同情心と、またそぞろ、強引な手口を使って他の少女たちを牽制したのであろう、孫子への嫉妬心とが、明日樹の中でないまぜになる。
「いろいろ……大変なんだね……」
 明日樹は、結局、そういって目を伏せただけだった。
 ごく普通の少女にすぎない、という自覚のある明日樹にしてみれば……気が強く、容姿や才覚も含めて、これといった欠点が存在しない孫子に、正面からくってかかる気概はない。それに、なんだかんだいって、香也も、本気でいやがっているようにはみえなかったから……当事者の意志をさしおいて、明日樹が口を出すべきことではないな……という判断も、明日樹にはある。
 良くも悪くも、明日樹は「型にはまった発想しかできない常識人」だった。

「……テスト、二日目だね……」
「今日は、数学か……」
 などということを話し合いながら、全員でぞろぞろ登校する。どことなく雰囲気が硬くなるのは、全員が試験の成績に自信がある、というわけではないからだろう。
 この雰囲気が、来週の期末試験まで続くのか……と、「自信がない組」の代表格である明日樹は思う。
 この中で、平然としているのは、荒野と茅、孫子、飯島舞花、それと、香也と楓、明日樹の弟である大樹だった。
 もっとも、香也の場合は「自信があるから」平然としているわけではなく、「学校の成績に興味がないから」態度が変わらないのだろう。
 大樹も、成績に関する無関心さについては、香也と似たようなものだが、香也の「勉強とは別の感心事があるため」というパターンとは違い、大樹の間合いは、もっと単純な「勉強嫌い」にすぎない。 
 そもそも、不登校気味だった大樹が学校に通うようになったのだって、荒野がそういう風にし向けてくれたからで……。
『……加納君に、それとなく頼んでみるか……』
 荒野のいうことなら、大樹も、耳を傾ける。
 ダメもとで、後でそれとなく頼んでみるかな……と、明日樹は思う。別に、つきっきりで大樹の面倒をみてやってくれ、というのではなく……今では、毎日放課後にやっている自主勉強会に、時折、顔を出すように、荒野からいって貰えれば……多少なりとも、違ってくるのではないだろうか?
 と、明日樹は思う。
 今週は、中心人物である茅と沙織が、実力試験問題の解説に力を入れているから、普段の内容とは違ってくる筈だが……。
『……今日、学校についてからでも……』
 荒野に相談してみよう、と、明日樹は思い、それからふと思いついて、舞花に声をかける。
「あの……飯島、栗田君の勉強、ずっと見てたよね……」
 声をかけられた舞花は、一瞬、きょとんとした顔をしたが、
「……うん。一応……」
 と、答える。
「あの……よかったら、ついでの時にでも大樹も、一緒に……」
「……げっ!」
 明日樹の言葉を聞くと、大樹は奇声を発して逃げ腰になった。
「……おっと……」
 タイミング良く、逃げだそうとした大樹の首根っこを荒野が掴む。
「いい話しじゃないか。
 大樹、お前、勉強なんて、どうせろくにしてないだろ……」
「……ああ。
 そういうことか……」
 舞花は、しきりに頷いてみせた。
「いいよ。
 どうせ、堺と一緒に、うちの部の劣等生、面倒をみる約束してるし……。
 まとめて、面倒をみよう……」
 そういってから、舞花は、いまやく不揃いに短く毛が延びている大樹の頭を、平手でぽんぽんと叩いて、にやりと笑った。
「……まさか、逃げるなんていわないよな……大樹……」
 大樹は、栗田と同じく、幼少時の舞花と面識があった。
「……こうなったら、逆らわない方がいいぞ、大樹……」
 栗田が、沈痛な面もちで大樹に告げる。
「……まーねー……。
 いまだに、プロレス技をかける相手、探しているんだから……。
 今のまーねーの体格で、ドロップキックとかブレンバスター食らったら、シャレにならないぞ……」
 どこか悟りきった表情で、淡々と諭す栗田の言葉を聞き、大樹の顔がみるみる蒼白になる。
「……今日の放課後からでいいな。
 堺にも、柏を逃がさないように、念を入れておこう……」
 舞花は、携帯を取り出して、メールを打ちはじめた。
「……おはよーっす。
 今朝は、なんの話しっすかー……」
 そんな時、玉木が合流してきた。
「そこの問題児を、みんなで更正させようって話し……」
 荒野が、舞花に首を極められ、ガクブル状態で引きずられるようにして歩いている大樹を指さす。
「……ああ……」
 玉木は、切なげなため息をついて、大樹にむけ、「……なむー」といいながら、手を合わせた。
「それは、ご愁傷様です……」
「……玉木も、他人事ではないだろう。
 もう、二年も終わりだし……」
 荒野が、玉木につっこみをいれると、
「……ああ。それそれ」
 と、玉木が、何故か勢いづいて、茅に話しかける。
「昨日、茅ちゃんと沙織先輩の試験解説場面、ビデオに撮っておいたら、思いの外、先生方に好評でな。
 自主勉強会の映像資料にもなるし、今後も、きちんと撮影して保管してもいいかな、茅ちゃん……」
「別に、構わないの」 
 茅は、即答した。
「ビデオに撮っておけば、誰でも好きな時に見ることが出来るし……いいと、思うの」
「……うっし。
 そんじゃ、早速、今日の放課後の分から生放送でいきます……」
「……をい……」
 荒野は、玉木に聞き返した。
「今……生放送、っていったか? 映像資料の録画、じゃないのか?」
「うん。
 生放送も、やる」
 玉木が、ことなげに頷く。
「だって……リアルタイムの映像配信システム、うちら持っているんだもん。
 使えるものは、使わなけりゃ、損だよ。
 もちろん、撮ったファイルも保存、活用するけどさあ……ネットで配信すれば、もっと多くの人たちが、同じ内容の抗議、同時に聞けるわけでしょ?
 校内の、その場にいる人しか聞けない……っていうのよりは、公平だと思うけど……」




[つづき]
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