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第六章 「血と技」(324)
夜が明けると、現象の立場は一転する。
「教える者」から、「学ぶ者」へと。
太介や高橋君を相手して以来、近隣の一族の者が、何かと現象に直接、ちょっかいを出してくるようになったのだ。
朝、河原に集合した時などは、「現象いじり」のいい機会になっている。
「……うぁぁぁぁあぁぁ……」
今日も今日とて、現象は、名も知らぬ一族の者に、面白半分に、高々と空中に放り出されていた。
現象も、反射神経や学習能力は、一族の水準以上に発達していたから、今ではうまい具合に衝撃を吸収する着地の仕方や受け身の取り方を学習していて、多少のことでは負傷しないようになっている。それをいいことに、一族の者たちに、繰り返し、いいように投げ飛ばされている……という側面も、あったわけだが。
現象とて、一族のハイブリットである「新種」の一員である。素質からいえば、茅や三人組と比較しても、決して劣るものではない。
ただ……生まれ育った環境のおかげで、有り余る素質を開花させる条件が、今まで与えられてこなかった。ことに、体術関係の技能に関してはお寒い限りであり、他の一族の失笑を買っているのが現状だったりする。
現象の状況を例えていうのなら、ずば抜けたスペックを持つハードウェアを与えられながら、それを適切に制御するソフトウェアを与えられていないような状態であり……しかし、ここに来て、現象は、様々な事態に遭遇した際の対処法を、急速に学びつつあった。学ばなければ、多数の他の一族を相手にして、身が保てなかったからだ。
他の一族の者に取って、現象は、「いじりやすい新種」だった。
茅のように、加納の後ろ盾がある(茅個人の思惑はどうあれ、茅の背後に荒野がぴったりと張り付いていることを知らない一族の者は皆無といえた)わけではなく、テン、ガク、ノリのように可愛げや愛嬌があるわけでもない。それどころか、現象の場合は逆に、何かというと尊大な態度を取って、買わなくもよい反感を買ったりする傾向がある。また、現象自身も、自分の「経験不足」を痛感しており、無差別に近い攻撃を受けることを、歓迎している節もあった。
なに、他の一族にしてみれば、この程度のことは「攻撃」というほどに大仰な行為ではなく、単なるじゃれ合いなのだが……。
好奇心が強く、「新種の性能」を直に確かめたいこの時期の一族の者たちにとって、現象は遠慮せずに「いじれる」相手であり……そして、いじられる側である現象は、これをむしろ奇貨として、護身法のバリエーションを、確実に吸収しつつあった。
記憶力と学習能力とは、現象が持つ能力の中でも、最も卓越した部分であったので、現象は、僅か数日で、多種多様な攻撃に遭いながら、めきめきと「身を守る術」を学んでいった。
一方、一族の方はというと、やはり現象に対する好奇心が、一番、強い。
「相手のことを知りたければ、とりあえず、一戦交えてみろ」というのが一族の標準的なテーゼであったから、ここ数日、現象が集中的に攻撃に晒されていたのは、当然の帰結であった、ともいえる。
しかし、段々に現象の方が攻撃の裁き方に慣れてきた今、一族の側の現象への感心の持ち方も、以前とは微妙に異なったものになりつつある。
甲府太介や高橋君との対決が最初のきっかけになったこと、それに、年齢が近いこともあって、この二人に佐藤君、田中君、鈴木君を合わせた五人が、現象に急接近していた。急接近……といっては語弊があるのかも知れないが……。
「……今度、工場の方に遊びに来なてみないか、現象?
あそこでは今、例の三人娘が、撮影とか新兵器の開発とか、面白い動きをしているのだが……」
「お前らの家にあの双子が越していったんだって?
あいつら、性悪もいいところだぞ……今度遊びに行ってもいいか?」
「春から、加納の若と同じ学校に行くんだって?
へぇ……若より一個下になるのか……」
……すっかり、ため口になっていた。
そもそも、この中の高橋君と太介を除いた三人は、技量からしたら一族の底辺に属する。そのおかげで、一族の組織から仕事も斡旋される機会もろくに与えられていないし、だからといって、自分たち自身で身の丈にあった仕事を探し出してくる甲斐性があるわけでもない。
現在は、一般人の学生として生活していたり、孫子の会社経由で日雇い仕事を回して貰ったりして生活の糧を得ていた。
つまり、佐藤君、田中君、鈴木君の三人は、現在の現象の姿に「新種の中の落ちこぼれ」というレッテルを貼って、「一族の社会で落ちこぼれつつある自分たち」の姿を投影して、勝手に親近感を抱いているのであった。
現象本人がそのことを知ったら、虚栄心が強い性格であるだけに、烈火のごとく怒るであろう……ということは、想像に難くない。
しかし、基本的に鈍感で、他人の心情を思いやる、という能力を著しく欠いている現象は、幸か不幸か、そこまで想像を逞しくすることもなく、わざわざ自分にすり寄ってくる彼らの態度に戸惑いつつ、何となくうち解けていくのであった。
幼少時、各地を転々として生活して、その後も、正常な交友関係を築くことが出来ずにここまで育ってしまった現象は、自分に近づいてくるそんな一族に対し、若干、煩わしくは思ったものの……戸惑いつつも、不器用に、彼らの接近を受け入れはじめていた。
佐藤君、田中君、鈴木君の三人は、大学に通ったり孫子の会社でバイトしたりする合間に、工場に立ち寄っては、テン、ガク、ノリの三人の活動の手助けをしていた。徳川の工場では「シルバーガールズ」の新装備、新兵器の開発やそれに付随する性能試験、撮影などの作業が行われている。コスト無視でハイテクを駆使した装備を開発しづつける三人娘の発想は、一族になかった……わけではない。一族も、効果的だと思えば、コンピュータその他の先端的な技術も、必要に応じて使いこなす。
ただ、一族の発想は、三人娘と比較すれば、「実用性」に傾いている。
武器や道具を開発する必要に迫られたら、外部に発注して作らせる。三人のように、「自分たちの手で、製造、開発を行う」という発想は、従来の一族にはなかった。そもそも、「忍」は、「生産者」ではない……。
そうした物珍しさも手伝って、三人の他にも頻繁に徳川の工場に入り浸る術者は多く、また、そうした術者たちは、三人娘の手伝いを、嬉嬉として行った。
家が隣同士である……ということの他に、ここにも、徳川篤朗と佐久間現象の接点になりうるポイントが出現し、この二人が邂逅するのは、もはや時間の問題と思われた。
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つづき]
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