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「髪長姫は最後に笑う。」  第六章(327)

第六章 「血と技」(327)

「保養地……ですか……」
 舎人は、釈然としない顔をする。
「納得いかんか?」
 仁木田は、頷いて続けた。
「もともと、ここは長老が長く根を張っていた土地だ。わざわざ姿を現すこともないだろうが、草も多い。
 長期療養を必要とする者が、一時的にここに来て養生する……というのは、普通に行われて来たことだ。
 長老は、それを見越して、腕のいい医者をあちこちから引き抜いて、金の糸目をつけずに最新の設備を与えている。
 一つ一つの病院は、個人経営の形で、規模を小さくしているので、目立たないが……この土地には、人口に不釣り合いなほど、医療施設が集中している……」
「……そういや……荒野も、やつら新種を、定期的に精密検査させている……とか、いってたな……」
 舎人は、少し前の雑談のおり、荒野がふと漏らした事実を思い出す。
「新種どもをわざわざ、ここに移して来た……というのは、そういう都合もあるんだろう……」
 仁木田も、頷き返す。
「……さらに、わしも加わった……」
 唐突に、背後でしわがれた声が響き、舎人、現象、梢が、素早く立ち上がって振り返る。
「刀根老……も、か……」
 舎人が、うめくように呟く。
「わしの気配にも気づかないとは……佐久間の新種も、たいしたことはないのぉ……」
 そういって、刀根老人は、にやにやと笑いながら、現象の顔を無遠慮に眺める。
「……こいつは?!」
 現象が、語気荒く誰何した。
 次の瞬間……。
「この小僧……年長者をうやまうことを、知らんようだな……」
 刀根老人は、現象の喉元に、くないの切っ先を突きつけている。
 現象は……老人の動きを、まるで感知する事ができなかった。
「……ほう。
 この程度の動きも見きれんで、よく佐久間だ六主家だとうそぶいていられるのぉ。
 目がよい、耳がよい、動きが早い、強い……。
 確かに、生まれ持った素質により、有利な位置にたつ者も、一族には多かろう……。
 だがな、小僧。
 その程度の有利は、研鑽次第ではいくらでも覆せる。
 現に貴様は、この非力な老人に、たった今、殺されておったろう……」
 じわり……と、現象のこめかみに、冷や汗が浮かぶ。
「ご老体……」
 舎人が、げんなりした声を出す。
「その程度で、やめておいてください……。
 ご無礼の段は、いくらでも詫びます……詫びさせますから……」
 誰に対しても、とりあえず、尊大な態度をとってみせる現象、その現象を追い詰めて楽しんでいる刀根老人……その両者に、実際のところ、舎人は、かなりげんなりとしている。
「……ふん」
 刀根老人は、詰まらなそうに鼻を鳴らして、くないを現象の喉元から離す。
「……みての通り……この方は、暗殺術の達人だ。
 気配を感じさせずに相手に近寄ることにかけては、この人以上の技量の持ち主は、いない……」
 舎人は、現象と梢に、紹介する。
「……目下のところは、殺す方よりも救う方が忙しいくらいだがの……」
 現象から離れた刀根老人は、涼しい顔をして、そう呟く。
「時に、舎人……。
 今度のお主のねぐらは、随分と広いようだが……」
「ご老体は、最近、負傷してこの土地に流れて来たやつらの手当を行っている」
 それまで、事態を傍観していた仁木田が、はじめて口を開いた。
「……応急手当は慣れたものだし、それ以外にも、鍼灸の心得もある。
 何、壊す方に詳しくなれば、修繕する方にも詳しくなる道理じゃて……」
 老人は、ついさっきまで現象の喉元にくないをつきつけていたことなど、なかったような顔をして、解説する。
「……今までは、ここの工場の隅を借りて診ておったが、最近は盛況で、かなり手狭になってきおっての……。
 お主らのすみかの軒下でも、ひとつ貸していただければ、重畳……」
「……悪い話しじゃあ、ねーな……」
 舎人は、自分の顎を撫でながら、呟く。
 舎人が命じられたのは、「現象の監視」だけだが……舎人は、その他に、自分自身の判断で「現象の、性根を叩き直す」という仕事を、自身に課している。
 その観点からいえば……あの家に、刀根老人を含め、日常的に不特定多数の術者が出入りするようになる……と、いうのは、決して悪い状況ではない……。
 なにより、現象は……佐久間の中で育てられた梢も、似たようなものだが……「一族の実態」というものを、いまだ、実感する機会に恵まれていない……。
 気づくと、梢が、現象の顔にきつい視線を送っていた。
『ここは、即答を避けておいた方が、上策か……』
 と、判断した舎人は、
「……まあ、他の同居人たちにも、意見を聞いてみます……」
 と、言葉を濁した。
 もちろん、舎人は、梢や平三といった面々を、これから説得していくつもりである。監視される側である現象の意見は、このような場面では無視される。

 その後、三人はお茶をいれて持ってきた美人秘書に工場内を案内して貰う。
「二宮舎人様、おひさしぶりでございます」
 その美人が、いきなり舎人に深々と頭を下げる。
「……また、知り合いですか?」
 梢が、不審な声を上げて、舎人の顔を見上げた。
「いや……こんな美形の人と知り合ったら、絶対忘れない筈だが……」
 舎人は、ぶんぶんと首を横に振る。
「……わかりませんか?」
 ビジネス・スーツを着こなした美人が、にっこりと微笑んで、
「おれですよ、舎人さん。
 何年か前に一緒に仕事した……」
 と、男の声を出した。
「……なっ……。
 おまっ……」
 舎人は、目を丸くして絶句した後、
「敷島っ!
 しきしまちょうじか、お前っ!」
 と、叫ぶ。
「前合った時は、こう……もっとその、紅顔の美少年って感じだったっが……ってか……どっちが、本来のお前だっ!」
 舎人にしてみれば、数年ぶりにあった知り合いが、性転換していた……といった感じであった。
「いやですわ。舎人さん……」
 その女性……にしか見えない人は、その姿に似つかわしい、若い女性の声に戻って、ころころと笑う。
「……どっちも、本当のわたしです。
 最近でも、気分次第では、男の姿にもなりますのよ。どちらか片方に固定しなければならないなんて、窮屈なことはいたしません……」
 梢と現象は、舎人以上に驚愕した顔をしていた。トランス・ジェンダーとかいう世界とは縁遠い場所で育ってきた二人である。
「……工場の主である徳川は登校中で不在、テン、ガク、ノリのお三方は、それぞれお忙しい身の上ですから、不肖、敷島丁児がご案内させていただきます……」
 愕然としたままの三人が我に帰るのも待たずに、女性の姿をした敷島は、先に立って歩きはじめた。
 三人は、慌てて敷島の後を追う。




[つづき]
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