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「髪長姫は最後に笑う。」  第六章(328)

第六章 「血と技」(328)

「結局のところ、例の三人の先導を受けて、我々が助力している……という形になってしまっているわけですけど……。
 いや、本当。
 凄いですよ、あの子たち……」
 そんな前置きをして、敷島丁児は三人を別室に誘う。
 敷島はドアのノックし、「入りますよ」と声をかけてから、中に入った。現象、梢、舎人の三人も、その後に続く。
 そして、部屋に入るなり、三人は絶句して棒立ちになった。
 奇怪な、金属製のオブジジェ……に見えるものの傍らに、バインダーに挟んだ書類の束を手にしたテンが立っている。テンはつなぎの作業服に軍手……という姿であり、指先が油にまみれた軍手のまま、手にした書類にボールペンでなにやら書き込みをしていた。
「……ん?」
 書き込みを終わり、ばたんと開いていたバインダーを閉じてから、テンが、ようやく顔を上げる。
「何か、用?
 これでも、今、忙しいんだけど……」
 現象たち三人の姿を見ても、さほど不思議そうな顔もせずに、単刀直入に要件を尋ねる。
「邪魔するつもりはない」
 舎人は、反射的にそう話していた。
「ちょっと、見学させて貰っているだけだ。
 それに、解説役なら敷島にして貰うから、そのままやりかけの仕事を続けていてくれ……」
 舎人にしてみれば、また現象がいらぬ口を開いて事態をややこしくする前に、この場での、こちらの立場と目的を明確にしておく必要があった。テンに……というよりは、現象に対する牽制でも、ある。
 当の現象は、隣が牽制をする必要もないくらいに、瞠目して金属製のオブジェに視線を据えていた。
 振り返って、現象の表情を確認した舎人は、思わず、梢の方に顔を向けた。
 梢も、舎人と同じように、かなーり不安そうな表情になっている。
 梢と舎人は、以前、一度だけ……現象が、このような表情をしたのを、目撃している。
「……これは……なんだ……」
 よろよろとした足取りで、現象はそのオブジェに近寄っていった。
「……ちょっとっ!」
 テンが、少しきつい口調になる。
「見るのはいいけど、まだまだ触らないでよっ!
 微妙な調整の最中なんだからっ!」
 そう釘を刺され、現象は、そのオブジェの直前で足を止め、もどかしそうにオブジェに手をかざして、両手の指をさわさわと動かす。
「一見、前衛彫刻にも見えますが……何の変哲もない、工業用ロボットアームを組み合わせたもの……。
 歴とした、実用品です」
 敷島が、解説をはじめた。
「ええ。
 こちらでこんど量産することになっている、監視カメラの組み立てロボット……なんですが、部品や完成品の移動レイアウトとか、極力無駄を省いたアームの動かし方を、徳川さんとか三人が、よってたかって模索するうち……何故だか、こんな形になってしまいました……」
「何の変哲もない、工業用ロボットアームを組み合わせたもの」と、いわれてしまえば、その通り、なのだが……五台のロボットアームが放射状に配置され、中心部に腕を向けて、その中心に向かってベルトコンベアが何本ものびている……様子は、そのように説明されなければ……やはり、前衛的な彫刻にしか、見えない。
「……欲しい……」
 突然、現象がそんなことを言いだした。
「ぼくは……これが、欲しい……」
「……おいおい……」
 舎人は、首を大きく横に振る。
「こんなもん、貰っても……何にも、つかえねーだろ……」
 ……何を考えているのだ、こいつは……と、舎人は思った。
「あげない」
 テンが、にべもない口調で、現象の独白を一蹴する。
 テンは、三人に興味をなくしたのか、再びバインダーを開いて、書類に何やら書き込みをしている。
「……勘弁してください……」
 敷島も、舎人とは別の意味で現象の発想に呆れていた。
「……このアーム、一台……結構な値段、するんですが……。
 ハードも、それなりに高価ですが……制御するソフトも、今回限りの特別製ですから……こちらには、ちょっと、値段のつけようがありませんね……。
 第一、こんなもの持って帰っても、使いようがないでしょ?」
「……使う、なんて……そんな、もったいないこと、するもんか……」
 現象の瞳は、潤んでぼうっと霞がかかっていた。
「……こんな美しいもの……使うなんて……。
 大切にずっと保管して、好きなだけ眺めるんだ……」
「眺めるって……これを?
 油まみれで、あちこちにコードや油圧パイプが飛び出ている、無骨なこの機械が?」
 梢が、酢を飲んだような顔になって、現象と機械を交互に見比べた。
 しばらく、そうして見比べた後、梢は、かなりげんなりとした口調で、こういう。
「……君ねえっ!
 前々からいおうと思っていたけど……君の美的なセンスには、絶対、欠陥があるからっ!」
「騒ぐんなら、出て行って……」
 テンが、手にしたボールペンで、たった今、三人が入ってきたドアを指す。
「さっきもいったけど、ボク、今、神経を使う仕事をしてるんだ……」
「……すまねぇ!」
 舎人は、現象の背後に忍び寄り、がきっと現象の首と口を押さえて、ずるずると現象の身体を引きずっていく。
「お仕事の邪魔すんのは、まずいわな……現象君」
 現象は、じたばた手足を動かしながら、なにやら、むーむーと抗議の声を上げたが、舎人に、渾身の力で羽交い締めにされてしまったら、容易に抜け出せるものではない。
「相変わらず……咄嗟のさいの、状況判断は的確ですね……」
「ども。お邪魔しましたぁ」
 敷島と梢は、一度、顔を見合わせた後、すぐにそういって、舎人たちの後を追う。




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