第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(70)
その日の休み時間は、昨日までのように有働が教室に来ることもなく、香也にとってはひさびさに静かな一日となった。そうとなれば、休み時間ごとに、楓が香也の席に近づいてきて、何かと話しかけてくる。そして、楓がくれば、牧野や矢島、柏あんななども寄ってきて、なにかとおしゃべりをはじめる。
つまり香也は、だいたい休み時間ごとに、同じクラスの女子に囲まれて、話しかけられた時に適当に相槌をうつ他は、ぼーっとして過ごしている。一見して非生産的なようだが、楓が来る以前は一人でぼーっとする一方だったし、第一、香也は休む間も有意義に過ごそう、などという殊勝でアクティブな性格でもないので、それで特に困るということもない。
そんな折り、香也は珍しく、自分から話題を提供してみる。今朝、感じた、クラスの雰囲気に関する違和感について、だ。
「……んー……」
と、例によって例のごとくな前置きをしてから、香也は、
「学期末とか試験前って……もっと、雑然としていなかったっけ?
今学期は、随分、のんびりしていると思うけど……」
漠然と感じていた疑問と、香也は、たどたどしい口調で口にする。
「……そういえば……」
牧野が、教室内をぐるりと見渡してから、香也の疑問に賛同する。
「いつも……試験前って……みんな、もっとピリピリとしてるよね……」
「……いわれみれみれば……」
牧野がそういうと、矢島も頷いた。
「試験前なのに……みんな、なんか、落ち着いちゃって……」
「……そうなんですか?」
楓は、首を傾げてみせる。
今学期からようやく学校に通いはじめた楓は、デフォルトの状態がどんな風なのか、予備知識がそもそもない。
「そうそう。
勉強できる子も、そうでない子も……試験前ともなれば、それなりに、緊張してきて……」
柏あんなは、ふむふむと頷く。
「……あんなちゃんは、どうせできないからって、いつも最初から投げ出してたような気がするけど……」
矢島が、ぼそりと指摘する。
「い、いや……。
今学期は、ちょっと事情が違うし……」
矢島の指摘は否定しない、柏あんなだった。
「飯島先輩とか、まぁ……堺君に、かなりしごかれたし……」
あんなはそういって、薄い胸を張る。
「……ようするに、前よりは、よっぽど自信がある、と……」
牧野が、あんなの発言を確認した。
「まあ……その辺の事情は、みんなも、あまり変わらないかな……。
何だかんだで……茅ちゃんや楓ちゃんが、何かはじめると……みんな、面白がってその後についていくっていうか……。
パソコン部で作った、携帯でやる英単語のタイピングゲーム、女子の間でもかなりはやっているし……単語の意味がわかってくると、英語の勉強も、かなり楽になったし……」
「……あとねー。
みんながやっているから、っていうのも、大きいと思う。
何だかんだで、放課後になっても、クラスのほとんどの生徒が自主的に居残って勉強している、っていうのは……前には、考えられなかった。
確かに、成績を気にして一生懸命やっている人も、それなりにいるんだろうけど……それより、大半の子は、勉強とかそういうの、あんまり意識してなくて……ただ、なんとなく、面白そうだかっらって、そういう意識で、居残って、茅ちゃんの講義を受けたりしているんだと思う……。
悪い言葉をあえて使えば、一種の野次馬根性っていうか……今、ここで起きていることを、見逃したくないっていうか……」
牧野の言葉を受けて、今度は矢島が、とつとつと言葉を紡いだ。
「そう……だね」
牧野は、大きく頷く。
「今、学校で起きはじめていることを、見逃したくない……できれば、参加したい、って意識は、かなりあると思う……。
楓ちゃんや茅ちゃんが来てからこっち……徐々に、この学校……なんていうのかな、いい意味で、普通ではない学校に、変わっていっているように、思うし……」
「……それで、みんなの成績が上がれば、いいじゃない……」
柏あんなは、牧野と矢島の話しを聞いて、少し不機嫌な顔になった。
「あっ。
あっと……その、悪い、変な意味で、こんなこといっているんじゃなくて……」
牧野はぱたぱたと、顔の前で、平手を振る。
「楓ちゃんや茅ちゃんたちが来ることがなかったら……この学校、すっごく詰まらない場所のままだったろうなぁ……って、そう思って」
「そう、そう……」
牧野の言葉に、矢島が頷く。
「……放送部やパソコン部だって、前はこんなに活発じゃあ、なかったし……。
今は、ただ活発なだけではなくて……うん、そう。あの人たち、みんな、生き生きとして、楽しそうにしている。
前まで……楓ちゃんたちが来るまでの学校って……こういってはなんだけど、すごい、退屈で、詰まらない場所だったし……。
それとね。
みんな、茅ちゃんたちが、今度は何をやってくれるんだろうって……期待しているんだと、思う。
それで、楓ちゃんたちがこれからやろうとしていること、見逃したくなくって……みんな、居残ったりしているんだと思う」
そんな話しを聞いた楓は、なんともいいがたい、複雑な表情をしていた。
しかし、すぐに次の授業の開始を告げるチャイムが鳴ったので、楓は具体的な反応を返す前に、自分の席に戻る。
ぼんやりとそうしたやりとりを聞いていた香也は、授業を受けながら、
「やはり、自分が抱いた違和感は、あながち間違っているわけではなかったのか……」
と、一人で納得をする。
この学校の生徒たちは……茅や楓たちが転入してきたことで、以前よりも自信を持ち、生き生きとしはじめている。
三学期だけで、これほどの変化があったのだから……楓たちが、そして、香也自身が卒業するまでのあと二年間で、これからどれほどの変化が起こりうるのか……香也には、まるで予想ができなかった。
授業と実力テストがすべて終わると、教室内にいる生徒たち全員が、いっせいに安堵のため息をついたような気がした。
もちろん、現実に、生徒全員がため息をつく、などということはないわけだが、これで、三学期の学科は、言い換えれば、一年生として受けるべき授業は、すべて終わったことになる。
チャイムが鳴り、テストの答案用紙が回収されはじめると、生徒たち中で張りつめていたものが、一斉に弛緩しはじめたのは確かだった。
まだ、期末試験や終業式、卒業式などの行事は残っているものの……一年生としての授業は、もう、残っていない。
……期末試験の成績が芳しくなかったり、出席日数が足りなかったりする生徒は、補習授業を受けなければならないのかも知れなかったが……一般的にみれば、次に授業を受ける時には、この教室内にいる生徒たちは、二年生になっている筈である。
「……終わっちゃったね……」
と、いう雰囲気が、生徒たちの間に蔓延していおり、終わったばかりのテストの内容を話し合いながら、ぞろぞろと教室から出ていく。
そんな中、香也と楓は、ともに今週の掃除当番に当たっていたので、教室後部にある用具入れのロッカーから掃除道具を取り出し、教室の掃除をはじめた。
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つづきい]
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