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彼女はくノ一! 第六話 (72)

第五話 春、到来! 乱戦! 出会いと別れは、嵐の如く!!(72)

「……そう。
 狩野君……そんなこと、考えていたの……」
 部活が終わり、階下に降りる道すがら、香也と楓から先程の話しを聞いた樋口明日樹は、かなり複雑な表情をつくった。
 香也が明日樹のことを案じてくれたこと、それに、楓が、思いのほか明日樹の立場に理解を示してくれていること、事態は……確かに、嬉しい。
 だけど、楓と明日樹は、同時に香也のことを想ってもいるわけで……そんな、三人の立場も考慮すると、明日樹にしてみても、素直に喜べない部分も、多分にあり……。
「……楓ちゃんのいう通り、三年になっても、それなりに顔を出すつもりではいるけど……もちろん、今みたいに毎日放課後に寄って帰るってことは、できなけど……気分転換もかねて、週に一度くらい顔を出して、卒業までの一年、じっくり時間をかけて、もう一枚、残していきたいな……って、思っているし……」
 公立校の弱小部にすぎないわけだから、美術部には、伝統らしい伝統が存在するわけではない。受験を理由にして、卒業までの一年、なんの活動もせずに過ごすても、誰にも非難はされないだろう。また、明日樹は、香也ほど、「絵を描く」という行為に重きを置いているわけではない。
 だが、それでも明日樹は、この学校にいた記念に、きちんとした作品を描き上げたいと思っている。
「……そう、ですか……」
 楓も、少し複雑な表情になる。
 楓は楓で、明日樹を応援する気持ちと、香也と明日樹の距離がこれ以上、接近することへの軽い葛藤を、胸のうちに秘めている。
 香也は、例によって、
「……んー……」
 と生返事をするだけで、実のことろ、外側からは何を考えているのかよく分からない。

 そんなことを話し合いながら、階段を下っていると、踊り場で放送部員、二名を連れた有働とあった。
 有働たちは、掲示された香也の絵の隣に、刷り上がったばかりのポスターを貼っていた。
「あ。
 どうも」
 香也たちの姿に気づいた有働が、軽く頭をさげる。
「……これ、オリジナルとポスターを並べて貼ってみたら、面白いんじゃないかと思って……。
 ほら。
 印刷されると、どうしても色味に誤差が出てしまいますし……」
 そして、香也たちが説明を乞う前に、有働は詳しい説明をはじめる。有働は、普段はどちらかというと物静かなタイプだが、このような時は、能弁になる傾向があった。
「なにしろ、狩野君の、オリジナルの絵は、ここにしかありませんから……」
 有働は、ポスターの素材として使われた絵の隣に、一枚一枚、刷りあがったポスターを貼っていっている……と、説明を続けた。
「……ぼく、絵とか芸術関係のことはよくわからないんですが……それでも、この一連の狩野君の絵は、すごくいいと思います。
 描かれたモノは……ようするに、ゴミなわけですが……それが絵になると、どうしてこうも、存在感があるんでしょうね……」
 そもそも、有働たちが香也の絵を評価していなければ、こうして度々、自分たちの活動に香也を巻き込むこともないわけだが……正面からこうして賛辞を送ることは、実は珍しい。
 香也は、照れ臭いのか、困った顔をして、「……んー……」とうなっている。

 三人で校門まで出ると、テンと酒見姉妹が待ち構えていた。
 昨日と異なるのは、ノリがテンと交替していること、それに、酒見姉妹の傍らに、新品のスクーター二台が止めてあること、だ。
「どうしたんですか、それ?」
 楓が、真新しいスクーターを指さして、尋ねる。
「「通学用の足として、購入したのです」」
 酒見姉妹は、得意そうな顔をして、胸を張り、
「「原付きなら、免許も一日で取れるのです……」」
 と、交付されたばかりの免許証を、楓の目の前にかざして見せた。
 実は……スクーターと免許を、誰かに見せびらかしたかったのではないか……と、楓は思った。
「……め、免許を……取れる、年齢だったんだ……」
 明日樹が、小声でこっそりと呟き、免許証に記載されている、二人の生年月日を確認する。
 背も低く、童顔で、痩せ細っている酒見姉妹は、外見からいえば、香也や楓より年下……それこそ、テンやガクと同年配にしか見えないのだが……実は、明日樹よりひとつ上、四月から、佐久間沙織と同学年の生徒として、同じ学校に通う予定となっている。
 そう説明されて、明日樹はあんぐりとしばらく、口を明けてしまった。
 その学校は、県でも一、二を争う進学校で、当然、かなりの難関でもあった。明日樹自身の志望校は、そこよりも、入学に必要とされる偏差値が低い。
「お二人とも……頭が、いいんですね」
 明日樹は、微妙な言い回しで感想を述べた。
 何度か顔を合わせているが、明日樹がこの双子の姉妹とまともに会話を交わしたのは、数えるほどでしかない。機会そのものが少ない、ということもあったが、それ以上に、何かと奇怪な言動をとりがちなこの二人を、明日樹が意図的に敬して遠ざけている側面もあった。
「「学校で必要とされる勉強など……一族の習練と比べれば、なにほどのこともないのです……」」
 酒見姉妹はそういって、まったく同時に頷いてみせた。
「そういう……もんですか……」
 素っ気なくそういわれて、明日樹は言葉を濁す。
 明日樹たち、現役の受験生にとっては、巨大なプレッシャーでも、彼女たちににしてみれば、どうということもない……という事実を明言され、明日樹は、やはり動揺する。
「……待たせたの」
 校門前でそんなやり取りをしているうちに、校門から出てきた茅が、合流して来た。
 茅の講義に出席していた大勢の生徒たちが、口々に茅に別れの挨拶を告げながら手を振り、それぞれの自宅の方向に去っていく。
「「茅様は……人気者、なのですね……」」
 校内で、最近、茅がどういうことをしているのか、まだ知らされていなかった酒見姉妹は、そういって去っていく生徒たちをみながら、目を細める。酒見姉妹にしてみれば、それら、数十人という単位の生徒たちも、ひとくくりに「茅の友達」として認識してしまう。
 それから、姉妹は茅に向き直り、それぞれ、自分のスクーターを示しながら、
「「……茅様……後ろに、お乗りになりますか?」」
 と、明らかに期待の籠もった顔で尋ねる。
「二人乗りは違反だし、免許を取ったばかりで、二人の運転技術もよくわからないから、遠慮しておくの」
 しかし、茅の返答は、にべもないものだった。
「柏千鶴、という前例もあるし……」




[つづき]
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HONなび






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  • 2007/06/08(Fri) 13:39 
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