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第六話 春、到来! 乱戦! 出会いと別れは、嵐の如く!!(73)
茅に同乗を拒否された酒見姉妹は、特に残念がる、ということもなく、スクーターを手で押して、香也たちについてくる。
茅と楓は、学校が管理しているサーバ内に構築された教材をどのように強化していくのか、ということを、話し合っている。
そんな様子をみて、樋口明日樹は、
『……期末試験直前、なのに……』
余裕が、あるなあ……と、思う。
今更、ではあるが……茅や楓たちと自分とでは、素養に根本的な差があるのではないか……とすら、思った。
どうやら、先天的に、見聞したものを忘れない体質であるらしい茅はともかく、楓の方は、普通の人々とまるで変わらない、地道な「学習」によって、現在の知識を構築しているらしいが……過去の血のにじむような努力は、想像できるにせよ、数種類の言語を不自由なく読み書き、話せて、ソフトウェアの開発についても、プロ級のスキルを持つ現在の楓と、同じ学校に通う「普通の学生」を比較してしまえば……どうしたって、後者の方が、断然、見劣りする。見劣りする……というより、同列に比較するのも、何かの間違いのような気がしてくる……。
そして、明日樹は、明らかに後者の、「普通の学生」の範疇に属する人間、だった。
これだけ格差があれば、そもそも、劣等感を抱くことさえ、馬鹿馬鹿しいくらいなのだが……。
そんな明日樹を、香也が、不思議そうな顔をしてみていた。表情とか挙動から、自分の漠然とした不安が香也に伝わったのだろうか……と、明日樹は思い、明日樹は軽く首を振って、そうした思考を振り払う。もとより、考えこんでも、何ら解決はしないたぐいの不安でもある。
香也たちに同行して学校を往復することが珍しいテンは、同行者たちをそれとなく観察する。
香也はいつもの通りだし、酒見姉妹は、完全に「茅の従者」という立場を演じきっていて、特に茅がいるこの場では、余計な口を挟むこともなく、黙々とスクーターを手押ししている。楓と茅は、二人でシステム的なことを話し合っている。内容的には、プログラム的なことであったり、勉強の、カリキュラム的なことであったりして、複合的な要素が入り交じっている。楓の方は、茅の言葉を理解しようとするだけで、精一杯といった風だった。
やはり、この中で一番、テンの興味を引くのは、樋口明日樹だった。明日樹は、性格的人格的には、おそらくこの中で一番、「同年輩の平均的な一般人」に近いだろう。しかし、明日樹の置かれた立場によって、現在の明日樹の心境は、恒常的に揺らいでいる。
大勢の、一族の関係者たちとごく身近に接しながら、明日樹は、香也や真理、それに飯島舞花ほど、鷹揚に構えていることが、できない。真面目な明日樹は、常識的な人間であろうと努めているので、ごくごく至近距離にいる、常識の範疇に収まりきれない人と接することは、明日樹の神経を逆なでし、本人が自覚している以上の消耗を強いている……ように、テンには、見受けられた。
明日樹自身は、決して楓や茅、荒野など、「身近な非常識人」たちの存在を敵視しているわけではなく、むしろ、仲良くしようとしている。だから、本音の部分で感じている、「常人以上の存在」に対する畏怖や違和感を、明日樹の表層意識は、明日樹に自覚させまいとして、覆い隠してしまう。
さらに、明日樹は、香也を明確に異性として意識しており、楓や、孫子、テン、ガク、ノリ……などの、「常人以上の存在」に、香也を取られることも、過度に警戒……といより、病的に、恐れている。
そもそも、生い立ちからして「普通ではない」テンは、明日樹のそうした「普通であろう」あるいは、「一般的な規範から、はみださないようにしよう」という意識の持ちよう自体が、実のところ、よく理解できない。
そういう意味では、まだまだテン自身は、この社会に適応しきっていないのだろうな……と、そんなことも、思う。
今、目の前にいる、特定の誰かとうまく対応できる、ということ……それと、「不特定多数で更正された社会」の中で、自分の位置を把握し、適切に振る舞う……ということの間には、やはり、それなりの溝がある。
「学校」という施設で学習する、「集団生活」とは、おそらく、後者について学習する、ということであり、明日樹の、「目立たない、はみ出さない」という姿勢は、社会生活の中で、うまくやり過ごすための、無難な方法なのだろう……と、テンは、予測する。そうした態度が最適な方法かどうかは、そもそも、学生生活を体験したことがないテンには、うまく判断できない。
だけど……と、テンは、思う。
だけど……自分たちのように、根本的に「普通ではない」人間は……普通であれ、という圧力が存在する社会の中では、どのように振る舞っても、どこかしらで、はみ出してしまうのではないか……。
仮に、擬態して「普通である」振りをして、この一般人社会に適合して生活したとしても……自分の本性をひた隠しにし、故意に、ありあまる自分の資質を押し殺して生活しなければ、うまく生きられない……と、したら……それは、やはり、あまり幸福ではない生き方、なのではないか……。
と、そこまで考えて、テンは、
「……大多数の一族の者は、そもそも、そうやって一般人に偽装して、生活しているんだよな……」
ということに、ようやく思い当たる。
確か、荒野は、そのことについて、
「そうしないと、一般人に、排除され、最悪の場合、粛正される」
と、説明したことがあった。
一族のような異物を、平然と隣人として容認できるのは、絶対的に少数の人だけであり、楓や孫子、テン、ガク、ノリなどを平然と同居させている真理や羽生のような存在は、きわめて少数派である、と……。
例えば……と、ガクは、想像する……この、「普通からはみ出す」ととを恐れ、警戒する樋口明日樹だって……「香也」という存在が仲介しなければ、楓や荒野と、今までのように、普通につき合えていただろうか……。
『……かのうこうやの、いうとおりだな……』
テンは、思う。
誰かを叩きのめせばいい……というのと違って……こういう緩やかな差別意識は、一度に、わかりやすく根絶する方法が、ない。
しかも、相手に明確な敵意や悪意があれば、まだいいのだが……そうではない場合は、じっくりと時間をかけてつき合って、周囲の警戒心を、解いていくしかない。
それでも……何かの拍子に、自分たちの異質さを認識させてしまうようなことが起これば……よくて、最初からやり直し、最悪、根本的に、排除される……。
そう。
テンたち、異質なものを自分たちの周囲から排除しようとするのは、邪悪で強力な存在、などではなく、どちらかというと、樋口明日樹のように、平凡で無力な……周囲に埋没することで、精神の平衡を保っているような……無力な、群衆なのだ。
『……いやな……』
構図だな……と、テンは、思う。
誰も、悪意はないのに……それでも、一つ対応を間違えて、バランスを崩せば、真っ逆様に最悪の事態にまで、一気に墜落していってしまう……荒野と茅がはじめ、その後、楓や孫子、テン、ガク、ノリが合流してきた現在の生活は……つまるところ、常時、そういう危ない綱渡りをやっている……と、いうことなのだった。
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つづき]
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