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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(333)

第六章 「血と技」(333)

 二月も三学期も、あと数日を残すところとなり、荒野の身辺は、諸々の事柄が一気に加速しはじめたような気がして……荒野は、週末を迎えた。
 もはや、三学期の授業は全て終わり、来週には期末試験を残すだけ。
 その後、終業式と卒業式などの行事を消化すれば、荒野の二年生として経歴はまっとうしたことになる。
 気候も、だいたいは、相変わらず肌を刺すような冷たい空気だったが、時折ぽっかりと、生暖かい風が吹いたりも、するようになっていた。寒暖の激しい日々があと何日か続き、あといくらもしないうちに、本格的な春が訪れるのだろう。荒野は、これまでにも何度か短期間、日本に滞在したことはあったが、季節の移ろいを感じられるほど長い期間、ひとつの場所に留まり続けたのは、記憶にある限り、これが最初だった。
 玉木と有働たちは、試験休みと春休みを使って、今までの推進してきたボランティアとかシルバーガールズとかを、本格的に推し進めるつもりのようだった。二人の主導でそれらの活動につき合っている放送部員たちへの、学業面でのフォローも、休み中にするということだったが。
 当初、様々なことを懸念していた現象も、それなりにうまくやっているようだった。とはいっても、これは現象自身のおかげ、というより、大半は、舎人とかこの土地に流入してきた一族たちが、いいように現象を扱っているおかげなのだが。「佐久間の実物」という珍しい存在、と、現象自身の言動の奇矯さ、という組み合わせから、現象は、今や、この近辺にいる一族の者たちの間で、いい「いじられ役」になっている。
「多少、どついても滅多なことでは深刻な負傷に至らない」という現象の頑丈さと回復力、それに、時折、意味もなく高圧的な言辞を弄する、現象の性格が知れ渡ると、一族の者たちは、競うようにして、現象を構いはじめた。
 二宮舎人にいわせると、
「そのおかげで、現象がどこにいっても一族の誰かしらが見ているという状態になっているし、現象のやつにとっても、体術を実地に学ぶ機会になっているわけだから……ちょうど、いいんじゃないのか?」
 ということで、もちろん、荒野にしてみても、異論はない。荒野にしてみても、現象が問題を起こす確率が少しでも減るのなら、歓迎すべきところだった。
 続々と流入してくる一族の者に関しては、野呂に連なる者に関しては静流が、二宮に連なる者に関しては舎人が、六主家の出身でない者に関しては仁木田直人が、それぞれに統括して荒野に情報を流してくれる……という体勢が、自然にできはじめていた。
 野呂の者は、本家直系である静流にまず挨拶に出向くし、二宮の縁者は、舎人が監視している「佐久間の新種」の顔を、一目、見に行く。それ以外の者は、仁木田を頼る……というコースが、この土地に流入してくる一族の者の間に、定着しつつあった。
 また、最近の傾向として、定住する意志がない、短期間だけこの土地に滞在し、すぐに帰って行く一族の者も、徐々に増えはじめている。
 というのは、この土地は今や、野呂と二宮、という六主家のうち、二つの流派と、それに、非主流派の仁木田たちマイノリティが、じっくりと腰を据えて技術情報を交換するための、ちょうどいい舞台となっているのであった。
 この土地に流れてくる一族の者は、どちらかというと若年者が多く、そうした若い者たちは、年齢が近いこともあって、出自にかかわらず積極的に交わることが多かった。
 荒野や茅が行っている毎朝のトレーニングも、今ではそうした技術交流の場にも、なっている。
 数日前から、楓が指南役となって、茅やテン、ガク、ノリの三人に基本的な技を教えてはじめているのだが、それを横目でみていた一族の若い者たちも、一緒になってその講習を受けているような格好となった。一族、といっても、その出自によって、複数の流派、体術大系が存在する。もちろん、ごく基本的なレベルでは、共通する部分が多いのだが、ごく基本的な部分はともかく、高度な術になるにしたがって、各自体系の独自色が濃くなる。
 野呂も二宮も関係なく入り混じって修練を繰り返していれば、自然と、お互いに学びあい、教えあう……という流れが、発生しはじめた。
 また、最近では徳川の工場を根城としている、仁木田の一派も、六主家の技ほど広くは知られていない技術を数多く保持していており、礼儀正しく教えを請う者に関しては、快く伝授している……という話しだった。
 若い世代との間にコネクションを多く繋ぐ、とか、仁木田にしても、それなりのメリットはあるのだろう……と、荒野は思っている。
 刀根畝傍老人が、現象たちの住む家で、故障した一族の治療所を立ち上げる……という話しも、荒野は、酒見姉妹経由で聞いた。いくら心得がある、といっても、あの老人が医師免許を持っているとも思えないので、正式な医院ではなく、対外的には、民間治療……ということになるのだろうが……舎人も指摘した通り、荒野も、あの家に、日常的に一族の者が出入りする環境が整うことは、どちらかというと賛成だった。
 孫子が立ち上げた会社は、それなりに順調に仕事を増やしているようだった。その会社の制服を着た人間を、町中で見る機会が、ここ数日でめっきり増えいた。つまり、商店街の商品を周辺の個人住宅に配送する業務が、本格化していた。それ以外にも、孫子は、あの三人が開発したソフトを売ったり、徳川と提携して監視カメラを売ったり……など、いろいろと考えたり、もう実際に業績をあげたりしているらしい。
 こちらも、玉木や有働の活動と同様、学校が長期休暇に入るこれから、また新しい動きを起こすような気も、する。

 ……と、まあ、こんな具合に、荒野の「周辺」はそれなりに慌ただしい様子になりはじめているのであった。
「……で、そっちは、今日は、例の検査か……」
 土曜日の朝、食卓を囲みながら、荒野は茅にいった。
「おそらく、一日中、かかると思うの」
 茅は、頷く。
「荒野。
 お昼は、一人で食べて……」
「それなんだが……実は、静流さんに、呼ばれている」
 荒野は、茅に告げた。他の女のところにいく……と、茅に、面と向かって告げる……とうのは、荒野にしてみても、悪趣味だ……とは、思うのだが……。
 下手に隠し立てをするのも、かえって気が引けた。
「おそらく……静流さんを、抱くことになると思う」
「……わかったの」
 一見して、茅は、表情を変えていないように見えた。
 しかし、荒野は、今では一見ポーカーフェイスにみえる茅の感情を読むのが、かなりうまくなっている……。
「ごめん」
 だから、荒野はそういわずにはいられなかった。
「いいの。
 そういう約束だから……」
 茅は……表面にこそ出さなかったが……やはり、荒野の目には、むっとしているようにみえた。




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