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彼女はくノ一! 第六話 (78)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(78)

「……ごめんくださいィー……」
 狩野家の玄関先で、少々イントネーションのおかしい、しかし、凜とした声が響いたのは、その日の昼下がり……と、いうよりは、夕方に近い時間。午後もかなり遅くになってから……といった頃だった。
「……はぁーい……」
 そろそろ買い物に行こうかな、とか考えていた真理、玄関先に出て……そこに立っていた人物を見るなり、絶句した。
「わたし、ジュリエッタ・姉崎、いいます。
 こちらに、セニョリータ・カエデ、ないしは、セニョリータ・テン、ないしは、セニョリータ・ガク、ないしは、セニョリータ・ノリなどいる、聞いて、ここ、来ました……」
 黒い髪と薄いグリーンの眼、彫りの深い顔立ち……明らかに、東洋人ではありえない風貌のその人物は、イントネーションは少しおかしいものの、なかなか流暢な日本語を話していた。
 だが、真理は、ごく普通の主婦である。別に人種的な偏見がなくとも、いきなり外人さんに訪問されたら、かなり動揺してしまう。荒野やシルヴィと接しているから、それでも多少は、非日本人的な風貌の持ち主には慣れているつもりだったが……。
 いきなり訪問して来た相手が、胸元が大きく開いた、古風なデザインのドレスを身にまとっている、という条件が付加すれば、流石の真理も凍り付く。きちっとコルセットを着用し、ウェストを引き締めた上で、紡錘形にスカートの形を整えている。おまけに、派手な飾りのついた帽子と日傘……いくら外人さん、とはいっても、あまりにも時代がかっている服装だった。真理は、詳しくは知らないのだが、これは十九世紀とか十八世紀の頃の女性の服装なのではないか……。どこの国だろうと、現代の女性がこんな重々しい服を着用して生活をしているとは思えないし、それに、真理は、こんなドレスには、時代物の映画の中でしか、お目にかかったことがない……。
 玄関に訪問してきた、その女性は、ぞろっとしたドレスを着用し、豊かでつややかな黒髪を複雑な縦ロールにカールしている。髪の量が豊かなこともあって、これが鬘でなければ、髪型をセットするだけで、気が遠くなる手間と暇が必要となるだろう……と、想像できてしまう、複雑な髪型だった。
 しかも……目の前の女性は、そうした時代がかった服装を、自然体で着こなしている……ように、見えた。
 そんな人物が、白昼堂々、家を訪れて玄関先に現れれば……真理が数秒フリーズしたとしても、別に、不思議でもなかろう。
「……あっ。あっ。あっ……」
 真理は数十秒間、眼を見開いて酸欠の金魚のように、口を開閉させていた。
「……マダム?
 セニョリータ・カエデ、ないしは、セニョリータ・テン、セニョリータ・ガク、セニョリータ・ノリ……ジュリエッタは、これらの人物を、所望します。
 彼女たち、ご在宅か、否か?」
 訪問者は、真理に婉然とほほ笑みかけながら、ゆっくりとした口調で繰り返し、確認した。言葉遣いはともかく、ぱっと花が咲いたかのような印象を与える、艶やかな微笑みで……文法的にも、大きくは間違っていない。「ちゃんとした日本語」というには、かなり違和感を覚えるのだが……。
 少なくとも真理は、彼女のいっている内容を理解した。
「か……楓ちゃーん!」
 ようやくのことで、パニックからやや持ち直した真理は、大声を出して、居間にいる楓を呼ぶ。
「……はぁーい……」
 居間で香也とともに勉強をしていた楓が、返事をしながらとことこと玄関まで出向き……そこで棒立ちになって、真理と同じように絶句する。
「……な、な、な……」
 楓は、かなり引き気味になりながらも、気丈に言葉を紡ぐ。
「なんですか、この人……」
「この人? どの人?」
 ジュリエッタ、と名乗った女性は、自分の左右を、優美な仕草で見渡す。
「不審なるものは、半径五メートル以内に見受けられないと思うが? 如何に?」
 その人物の自覚するところにおいては、自分自身は格好は「不審」ではないらしい。
「この下僕が察するところ……彼の者どもは、ジュリエッタ様の美しさにおののいているのございます」
 その女性の背後にいつの間にか立っていた人影が、うっそりとした口調で呟いた。
 いや。
 しゃべったことで、はじめて真理や楓に、その存在をしらしめた……というべきか。
 それまで、その男の気配にまったく気づかなかった楓は、慌てて表情を引き締める。
 楓の緊張にも気づかない風で、その若い男性は、優雅な仕草で一礼する。
「お初にお目にかかります。
 ジュリエッタ様の警護と身辺のお世話をさせていただいている者でございます。生まれついての名は別にありますが、わたくしのことは、どうかセバスチャンとお呼びください……」
 ジュリエッタ以上に流暢で自然な日本語だった。
「……せ、セバスチャン……さん?」
 真理が、疑問形で問い返した。
「さようでございます。奥様。
 彼の国……いえ、この国では、高貴なお方に仕える従僕を、そのような名で呼ぶ伝統があるとか……」
 緊張していた真理が、その言葉を聞いて大きく姿勢を崩した。
 ……どこの伝統だ、どこの……と、楓も、心中でつっこみを入れる。

 ジュリエッタと名乗った女性が白人にしか見えないのと同様に、その男も、白人にしか見えなかった。
 青白い、血色の悪い顔色に、落ちくぼんだ眼窟。きれいに撫でつけた髪に、ピンと両脇に跳ね上がった口ひげ……。
 蝶ネクタイに黒の上下で、しっかりとフォーマルな衣装に身を包んでいるのに、針金細工のように痩せ細った体躯と相俟って、どことなく、胡散臭い印象を与える人物だった。
 楓は、外見から人種や出身を言い当てるのは得意なわけではないが、男の肌の色が、若干、色づいていることを見分けている。肌色から見て、東洋人にも見えないのだが……。
 その男の印象を、楓は……今にも餓死しそうな、吸血鬼……みたいだな……などと、かなり失礼な例え方をする。
『ヨーロッパでもずっと東の方とか……あるいは、中東の人かも……』
 人種的な知見に乏しい楓は、男の人種的な特徴について、今度、荒野に教えて貰おう、と、そんなことを考える。
 そこまで考えて、楓は、はっと顔を上げた。
「……姉崎っ! さっき、姉崎って名乗りましたよねっ!
 その、ジュリエッタという人っ!」
「さようでございます」
 いきなり大きな声を出しはじめた楓をみても、特に驚いた風もなく、「セバスチャン」は恭しく頭を下げた。
「姉崎って、あの……六主家の、姉崎ですかっ?!
 シルヴィさんとかのっ!」
「流石は、サイキョウの教えを受け、カノウの家に住まうカエデ様……ご明察にございます」
「セバスチャン」は、慇懃な態度を崩そうとはせず、淡々とした口調で答えて、頭を下げた。「サイキョウ」、「カノウ」、「カエデ」などの語の発音が、日常的に使用する単語でないためか、微妙に、おかしい。
「……カノウの家……あっ!
 ち、違いますっ! おそらく、かなり勘違いしていますっ!」
 楓は、「セバスチャン」の言葉を慌てて打ち消した。
「ここ……カノウはカノウでも……六主家とか一族とは、まったく無関係の……一般人のお家です。
 そうだ、表札っ!
 字が、違うでしょっ!」
 楓は、ジュリエッタと「セバスチャン」の間をすり抜けて外に出て、玄関の上にかかった表札を指さす。
「加納、じゃなくって、狩野っ!」
「……確かに、チョウロウの字とは、違うようですが……」
 楓が指さした表札を、ジュリエッタと一緒に見上げた「セバスチャン」は、楓に、申し訳なさそうな口調で答える。
「……この文字は……カノウと、発音するのですか?
 お嬢様もそれがしも、日常の会話には不自由しないものの、中国文字にはあまり堪能とはいいかねますので……」




[つづき]
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