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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(340)

第六章 「血と技」(340)

 携帯に溜まっていたメールは、ほとんどが楓と孫子からのもので、新しい方が、孫子からのものだった。
 楓はともかく、孫子から荒野にメールが来る、というのも珍しい。孫子の性格だと、要件がなければ、わざわざ荒野に連絡をしてくることもない。
 それで、まず、孫子から連絡しておこう……と、思い、アドレス帳に登録していた孫子の番号をメモリーから呼び出したところで、当の孫子から、電話がかかってきた。
「荒野だ。何があった」
 電話にでるなり、荒野は孫子に問いかけた。
『……急用は、終わりましたか……』
 ゆったりとした孫子の口調は、週末の昼間だというのに、今まで連絡がつかなかった荒野を揶揄しているようにも聞こえる。
『要件については、メールに一通り、書きましたけど……』
「今、チェックしようとしたところにこの電話がかかってきた。まだ、メールは読んでいない」
 孫子の揶揄には取り合わず、荒野は、性急な口調で要件だけを問いかける。
「楓からもメールが来ているけど……同じ要件なのか?」
 今までが今までだから、荒野にしてもかなり心配になってきていた。
『……同じ事件の、違った局面、といいましょうか……』
 今度の孫子の口調は、何故かため息まじりだった。
『……まったく別の方面からやってきた、まったく別の目的を持った姉崎が二人……目の前で、炬燵に入ってお茶を飲んでいます。旧知の姉崎も、一緒です……』
 荒野は、携帯電話から顔を離し、手に持ったそれをまじまじと見つめてから、ぽつりと呟いた。
「……なんだ、それは……」
『……いろいろと、ややこしい事情が重なったようで……。
 今、旧知の姉崎が司会役になって、それぞれに事情聴取しているところですが……』
 ……ともかく、早く狩野家に来なさい……といって、孫子は通話を切る。

「あ、姉崎絡みなら、わ、わたしも一緒に……」
 通話が切れるのと同時に、静流が荒野に話しかける。
「……そう……ですね……」
 少し考えてから、荒野は頷いた。
「一族同士、ではあることだし……一緒に来てくれると、心強いです」
「は、はい……。
 わ、わたしも、どういうことになっているのか、きょ、興味があります……」
 そういいながら、静流は立ち上がり、外出の仕度をはじめた。

「コウ、遅い……」
 静流と連れだって狩野家に到着した荒野を玄関先に出迎えたシルヴィは、不機嫌な表情で荒野の顔を一瞥した。
 隣の静流にも、一瞬、視線を走らせ、
「……こんな時に……」
 とか、小声でぶつくさいいながら、シルヴィは二人を居間に案内する。
「……自分の目で確かめてみるのが、一番だから……」
 そういって、シルヴィは腕を伸ばし、ずらりと炬燵に座っている面々を示した。
 香也、楓、孫子……といったお馴染みの顔ぶれは、いい。
 それに加えて、時代がかったドレス姿の若い女性、ピンと横にはねた口ひげの男(白人、ないしは、複雑な混血……と、その男の外観から、荒野は予測した)、楓や孫子と同じくらいの年頃に見える、ラフな格好の赤毛の少女……などがいる。
「……全員、姉崎なのか?」
 腰掛ける前に、荒野は、シルヴィに尋ねた。
「女性はね」
 シルヴィは、肩を竦める。
「……こちらの男性は……」
「……わたくし、執事のセバスチャンでございます。
 本名では、ございませんが……」
 ごく真面目な顔をして、その男は、荒野に頭を下げた。なかなか、渋い声の持ち主だった。
「……このセバスチャン氏だけが、なんか、正体不明。
 こっちのドレスが、ジュリエッタ。
 こっちの家出少女が、イザベラ。
 こっちの二人は、歴とした姉崎……」
「……ちょっと待て!」
 荒野は、シルヴィの言葉を遮る。
「今……すらりと、家出……とか、いわなかったか?」
「……Yes……」
 シルヴィは、天井を仰いだ。
「この子の父親は、Dr. Strange Loveだそうよ……」
 くらり……と、荒野は、周囲の風景が、一瞬にして歪んだような錯覚を得た。
「……そういうことじゃ、加納の親分さん。
 わしのことはどうか、気安くベラとか呼んでくれんかの……」
 赤毛の少女が、風貌に似合わない低い声で、荒野に頭を下げる。
「……今……家出って……あ、あの……Strange Loveの、娘が……家出?」
 荒野は、小さな声でぶつくさとと呟く。
「その通りじゃ……」
 世界でも有数の、軍需コングロマリットのトップの娘は、重々しく頷く。
「姉様方から、ここの噂話しを聞いての。
 面白そうじゃけん、いてもたってもいられなくのうての。
 そんで、国を飛び出してきてしもうた……」
「……シルヴィ!」
 荒野は、叫ぶ。
「早く、USAに連絡しないと……」
「した」
 シルヴィは、何故か、ますます不機嫌な顔になった。
「そうしたら……しばらくそこで、頭を冷やしなさいって……。
 つまり、その子のご両親は……いい機会だから、若いうちに、USA以外の国で、知見を広めるのもいいだろうって……」
 荒野とシルヴィは、それからたっぷり数十秒間、無言のまま顔を見合わせ……そして同時に、太いため息をついた。
「……才賀……」
 荒野は、孫子に向き直り、頭を下げる。
「……こいつと、仲良くしてやってくれ……」
「……なんで、わたくしに……」
 孫子は、軽く眉間に皺を寄せる。
「だって……似たもの同士だろ。境遇的に……」
 荒野はごく真面目な顔で、答える。




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