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彼女はくノ一! 第六話 (82)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(82)

「……フー・メイ」
 二十代半ばくらいだろうか?
 テンの突進を弾き飛ばした女性が、いった。
「……姉崎の、一員……」
 最初に、舎人たちに「ニーハオ」と挨拶してきた女性だ。
 白い肌に切れ長の目が印象的な、二十代半ばくらいの女性だった。
「……ホン・ファ……」
 ゆらり、と、今度は、高校生くらいの年頃に見える娘が、姿を現す。最初の女性が「怜悧」という印象を与えたのに対し、こちらは、表情に少し愛嬌がある。
 どうやら、ノリの突進を苦もなく阻んだのは、この少女らしい。
「……姉崎、か……」
 舎人は、少し戸惑った。相手の狙いが、見当つかない。
「加納と……事を構えるつもりか?」
 一応、茅をはじめとする新種たちは、一族の内部では、「荒野の預かり」という建前になっている。
「……そんなつもりは、さらさら……」
 フー・メイは、ほほ笑みながら、ゆっくりと首を振る。
「ただ……噂の新種がどれほどのものか、確かめてみたかっただけです……」
「……噂ほどでは、なかったねー」
 ホン・ファと名乗った少女が、屈託なく笑う。
「身体の使い方、まるで知らない。
 あんなんじゃ……宝の持ち腐れ……」
 ……あっ……と、舎人は思った。
 ホン・ファが行ったのは、実に分かりやすい挑発だったが……そういうのを真に受けそうな性格の持ち主に、舎人は、心当たりがあった。
「……こ、このぉっ!」
 案の定、がばり、と、ガクが一瞬で身を起こす。
 その手には、六節棍が握られていた。
 弾かれたように、ホン・ファに躍りかかるガクを……。
「ほいっ!」
 気の抜けた掛け声とともに、阻んだものがいる。
 からん、と、音を立てて、ガクが振りかざした六節棍が、床に転がっていた。
 ガク自身は、脇腹を押さえて床で悶絶している。
「……な、何が起こった?」
 呆然としていた三島が、ようやく声を出した。
「……その子……」
 成り行きを見守っていた茅が、解説をはじめた。
「ガクの足を横から払ったの。
 同時に、左手で、六節棍の柄頭を押し上げ、右手で、ガクの脇腹に掌底をあてたの。
 一つ一つの動作は、さほど早くはないけど……すべてが同時に行われたから、ガクは対応できなかった……」
「……ボクでも……今のは、躱し切れない……」
 ノリが、冷静な声で告白する。
「……今のを、見切りますか……」
 ホン・ファと名乗った年長の女性が、両手を顔の前で合わせ、茅に向かって頭を下げる。
「お初にお目にかかります。
 加納の姫様……」
「……ユイ・リィね」
 瞬時にガクを悶絶させた少女が、片手を上げて屈託ない笑みを見せる。あどけない笑顔だった。
 茅たちとほぼ同年配に見える。
「……先生っ!
 それから、他のお医者さんたちもっ!」
 舎人は、叫ぶ。
「……検査は、一旦中止っ!
 どこかに避難していた方が、身のためだぜっ!」
 このまま……何事もなく、終わればいいのだが……舎人には、とうてい、このまま無事に済むとも思われなかった。
「……ほれ! 退避だ、退避っ!」
 それまで固まっていた三島が、舎人の声に反応し、弾かれたように動き出す。
 手足をばたつかせて、検査の記録を取っていた者たちを、廊下に追い立てはじめた。

「……出稼ぎに、家出……」
 狩野家の居間で、炬燵にあたった孫子は、呆れを滲ませた声を出す。
 荒野に連絡がつかなかったので、仕方なく楓に電話をかけ……そこにも姉崎が来ている、と聞いて、イザベラを伴って合流して来たのだった。自分の仕事は中断して来たわけだが……これは、仕方がない。
「……ええ、そうです……」
 セバスチャン、と名乗った男が、孫子に頷いて見せた。この男は、なんでも、もう一人の姉崎、「ジュリエッタの執事」だそうだ。
「……そろそろ、外貨を稼ぐ手立てを考えませんと……わたくしども、一族郎党、飢え死にしてしまいますの……」
 当のジュリエッタは、にこやかにシャレにならないことをさらりといってのける。
 セバスチャンの説明によると、ジュリエッタは先年没した父親の後を継いで、かなり広大な領地を引き継いだらしい。
 その経営が、ジュリエッタが新たに打ち出した方針によって、かなり傾いて来ている……という話しらしかった。
「……ジュリエッタ様の代になってから、麻薬から手を引いてしまったので……収入源もほぼ壊滅、周囲の有力者からも、常時、圧力をかけられている状態でして……」
 セバスチャンは、淡々とした口調で、説明を続ける。
「領地には、まだ銅やスズ、ニッケルなどの鉱山がいくつかありますが……どれも、たいしたお金には、なりませんのよ……」
 ジュリエッタは、相変わらず、にこやかな表情を崩さずに続ける。
「……今、一番、お金になりそうなのは……このジュリエッタ自身ですの……」
「無能な選択をしたものですわね……」
 孫子は、複雑な表情で、感想を述べる。
「……そこまで困窮するのがわかって、何故……」
 資金源であり、周辺の有力者との太いパイプとして機能する、麻薬畑を破棄したのか……。
 別に、麻薬の類いを称揚するつもりは、孫子にはなかったが……それにしても、自分自身の身を危うくしてまで、人道を全うしようとするのも……組織の趨勢を預かる者としては、無責任ではないのか……と、孫子は思う。
「……だって……今時、そういうの、はやりませんもの……」
 ジュリエッタは、孫子の辛辣な評価を気にする風もなく、にこやかに応じた。
「……ブラック・マーケットや列強の顔色を伺って立ち回る、というのも……今はよくても、長続きはしません……」
「そうじゃ。ヤクは、いけん」
 イザベラも、もっともらしい顔をして、頷く。
「ありゃあ……貧乏人や社会的弱者を、骨の髄まで金に代える卑劣なツールじゃ。
 手を引けるなら、それに越したことはない……」
「……こちらの加納様は、テロに屈せず、しかも、そのテロリストたちにも、更生の機会を与えようとする理想主義者と聞いています。
 どうせ働くのなら、そういう方の元でと……」
 そう続けるジュリエッタの顔をまじまじとみて、シルヴィは、深々とため息をついた。
「……それで……ベラの方は……」
 シルヴィは、困惑顔のまま、今度はイザベラの方に向き直る。
「おお。それじゃ……」
 ベラは、満面の笑みを浮かべて、胸を張る。
「こちらで、なんぞ騒がしいことになっておると、小耳に挟んでの。
 しかも、中心になって動いておるのは、わしとたいして年齢の変わん加納の若様っちゅうこっちゃろ?
 もともと、向うの生活も窮屈っちゅうか、わしの性に合わんっちゅうーか……」
「……ようするに、Strage loveの時期当主としての、英才教育がいやになって、逃げて来た……と……」
 携帯でメールを打つ手を休めて、孫子が顔をあげ、ジト目でイザベラを見る。
 楓はノートパソコンを持ち出し、荒野の電話がつながらないので、先程から、今、目の前で行われている会話の内容を要約して、荒野にメールで送っていた。
 孫子は、いつ、荒野と連絡がついてもいいように、荒野の携帯あてに、メールと電話を、交互にかけていた。

「……あっ。
 加納が、でました……」
 イザベラが答える前に、孫子は、自分の携帯を耳にあてる。
「……急用は、終わりましたか……。
 要件については、メールに一通り、書きましたけど……」
 孫子は、たっぷりと皮肉を滲ませた口調で、携帯電話に語りかける。




[つづき]
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