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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(344)

第六章 「血と技」(344)

 ジュリエッタとフー・メイの、「剣対拳」のデュエルは、それなりに長引いた。
 そのやりとりについて、荒野は、「……二人とも、楽しんでいるな……」と、見た。
 どちらも、本来なら、対戦した相手を一撃の元に屠る技量の持ち主である。実戦の場では、実力者ほど、勝敗が決するまでの時間は短くてすむ。
 それが、今回のような上級者同士の対決でありながら、数分間以上も勝負がつかなかったのは……ひとえに、二人が、お互いに相手の力量を読み合い、認め合っていたからだった。二人とも、実力を小出しにして、相手の反応や出方を楽しんでいた。
 例えば、ジュリエッタもフー・メイも、最初のうちこそ足をほとんど活かさず、腕や剣だけに頼った攻防から開始して、その後、フットワークも活用し、縦横に場内を駆けめぐる対戦へと移行した。もとよりここは、今日こそ、「茅たちの体力測定」という目的のために貸し切ってはいるが、本来なら室内で運動をするための施設でもある。長大な刃物を持つ者も含む二名が駆け回るのに、十分な面積はあった。
 ただし、荒野たち見物に回っていた数名は、近くで見物するのにはリスクが大きすぎるので、部屋の隅にまで下がらなくてはならなかったが。

 実際に対戦をしている二人を除いたギャラリーたちは、総じて、この成り行きを興味深く見守っていた。
 が、荒野にとって、もっとも意外に思ったのは……ことのほか興味を抱いた様子で二人の応酬を見守っていたのが、イザベラによって半ば無理矢理この場に引き出された形の香也だったことだ。
 他の連中の大多数は、ジュリエッタとフー・メイの対決に気を取られて、香也の態度ににまで、気が回らないようだったが……。
 香也は、ギャラリーたちの一番隅に陣取り、どっかりと床に胡座をかいて、二人の動きを、身動ぎもせずに凝視していた。
 香也が、他人のことにここまで感心を持つのも珍しい……と、荒野は思う。そして、そんな香也を心配そうな表情をして見ている楓の姿にも、荒野は気づいた。
 そうした香也の反応に気づいていたのは、荒野と、それに、楓の二人だけらしい……。

 頃合いをみて、荒野は……そろそろ、潮時か……と、判断し、楓に六角を二つ借りて、それを、ジュリエッタの双剣に、同時にぶち当てた。荒野なら、片手で二つ同時に投げつけ、ジュリエッタの剣に命中させることも容易にできる。
 荒野の投じた六角が命中した結果、ジュリエッタの動きが止まった。
 ジュリエッタは、信じられないものを見る目つきで、自分が手にしていた剣をみつめている。そして、ジュリエッタの表情が、驚愕から歓喜へと、徐々に変わる。
「……そこまで……。
 それ以上は、不毛でしょう……。
 もともと、大した理由があってはじめたわけではないし……二人とも、この辺で収めてください……」
 荒野が、静かな口調で告げると、フー・メイは無言のまま、ジュリエッタのそばから大きく後退しながら頷く。ジュリエッタは、自分の剣に六角を命中させた荒野に対して、しきりに「Great」を連発して褒めたたえている。そんなジュリエッタを、荒野は軽く手でいなしながら、フー・メイに対して、
「茅たちに何か用事があるのなら、ここでの検査が一通り済んでからにしてくれないか?」
 と、提案してみる。
 フー・メイは、荒野の提案に対して、特に抵抗することもなく、あっさりと頷いて見せた。

 室外に非難させておいた医師たちを呼び戻し、中断されていた検査の続きをお願いした。
 同時に、そちらの邪魔にならないよう、部屋の隅に陣取って、フー・メイたち三人とジュリエッタ主従、それに、荒野たち、ここでの変事を聞きつけて駆けつけた数名が固まって、話し合いの席を設けることになった。
 ジムの事務所に話しをつけて電気ポットを借り、それと楓が外にでて調達してきた紙コップを使い、静流が、常時持ち歩いている茶葉を使って、人数分の飲み物を用意する。相変わらず、まるで手間をかけておらず、最低の道具しかない場合でも、静流がいれたお茶は、最高の味と香りだった。
 フー・メイは一口、含んだ瞬間に眉をぴくりとあげ、ホン・ファ、ユイ・リィは、普段、仲間内でおしゃべりする口調で、「なに、これ!」、「こんなうまいの、飲んだことない!」とか小声で話している。杭州訛りと四川訛りがごっちゃになっているな……と、荒野は、二人のアクセントを聞き分ける。
 ジュリエッタも驚きを隠せないようで、「……uuunn……Chai……」としばらく陶酔した表情を浮かべていた。
 香也も、神妙な顔をして、隅の方にちょこんと座り、ご相伴に預かっていた。
 さて、と……と、荒野は少し思案し、結局、フー・メイたちご一行との話しは、後回しにすることにした。
 ジュリエッタの要求することの方が、判断をするのに単純であり、従って、結論も出しやすい。何しろ、ジュリエッタの雇用条件を詰めるだけなのだ。条件が折り合わなければ、ジュリエッタにお引き取り願うだけ……という意味では、荒野にとっては、それだけ、気が楽な交渉でもある。
 また、フー・メイたちがこの土地に来た目的も、荒野にとっては未だ不明であり……それだけなら、まだしも……その件については、荒野は、何となく、茅たちも交えて話し合った方がよいのではないか……と、根拠もなく思ってしまった。
 その茅たちは、こちらの方が気になるのか、時折、ちらちらと視線をなげつけてくるが、大人しく、中断した検査の続きを行っている。
 この会場を押さえているのは今日の午後だけなので、今のうちに、予定を全て消化しなければならない……ということは、どうやら理解しているようだった。

「それで、ジュリエッタさん……」
 荒野は、基本的な事項を確認するところから、はじめる。
「おれに傭われることが、希望だ……と、先ほど、そのようにおっしゃいましたが……それに、間違いはありませんね?」
 ジュリエッタは、荒野の言葉を首肯した。
「……それは、いいんですが……。
 参ったな。
 ぶちまけていうと、おれ……今、ジュリエッタさんクラスの術者を、長期間、拘束できるほどの財産は、持ち合わせていないんです……」
 なけなしの貯蓄は、孫子の会社の資本金として供出していて、現在のところ、荒野の意志では動かせない。
「No problem!」
 ジュリエッタは、荒野の懸念を一蹴した。
「……働いた分だけ、貰えばいいよー。
 非常時、ジュリエッタの腕が必要になった時、その働きに応じて貰えればー……。
 待機期間中のお金は、いらないねー……」
 ……出来高の、用心棒……という形の雇用形態を、ジュリエッタは提案してきた。




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