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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(345)

第六章 「血と技」(345)

 ジュリエッタやセバスチャンの話しを聞いているうちに、荒野は頭が痛くなってきた。
 どうやら、この二人は……この土地での生活基盤とか偽装工作とかを、まるで考えてこないまま、しばらく定住するつもりらしい……。
 実に、一族らしからぬ、不用心さであり、無計画さであった。
 ジュリエッタなどは、話しの途中から、実に楽しそうに、
「けせらーせらー……」
 などと、歌いはじめる。
「……ヴィ……。
 姉崎って……埋伏の上手なんじゃなかったか?」
 荒野は、小声でシルヴィに囁きかける。
「何にでも、例外はつきもの」
 シルヴィの答えは、いっそ、素っ気ないほどだった。
「彼女たちは……何代か、一つの土地に定着していたから……その分、姉崎らしさも失われてしまったんでしょう……」
 ……そうなんだろうな……と、荒野も納得する。
 姉崎の大きな武器は、「婚姻により各地の有力者と結びつく」こと。
 それも、「うまくいきすぎる」と、ジュリエッタのように一つの土地に溶け込みすぎて、本来の性質をある程度失う……ということも、ままあるのだろう。
 ジュリエッタの場合は、一族としての偽装性や周到さ、用心深さは鱗片も残っていないようだが、代わりに、独自の技術体系を伝えている。
 ……一口に姉崎、といっても、いろいろだな……と、荒野は、今度はフー・メイの方に視線を向けながら、思う。
 シルヴィ、フー・メイ、ジュリエッタ、イザベラ……外見だけをみれば、とてもではないが、「同じ血脈」とは思えない。古い時代から、何代もかけて広い範囲に移動しながら、転々と地球の表面に自分たちの血を残していった結果が、ここにいる姉崎たちだった。
 現在ではむしろ……。
『……収束的な性質がない、ということが……』
 姉崎の、大きな武器なのかも知れない……と、荒野は思う。
 人種的にも、国籍もまちまちの女たちが、何代にもわたって独自のネットワークを作り、緩やかに「この世界」をコンロールしていこうとしている……そんなイメージを改めて抱き、荒野は、少し呆気にとられた。しかも、その中には……膨大な財力を持つもの、企業や国家の要職についている者、あるいは、配偶者がそのような地位にある者、武術その他の特技を持つ者……などを多数、抱えている。
『……母は、強し……か……』
 と、荒野は思う。
 荒野の知る限り、姉崎の目的は、ただ一つ。
 自分たちと自分たちの子孫に都合のいいように、周囲の環境を改良すること。
 生物として考えると、極めてまともで合目的だ。
 そして、姉崎と他の一族とは、「リスクコントロール」という点で、時に敵対しつつも、大勢としては、相互に依存し合う関係でもある。
 姉崎、という集団は……荒野が今までイメージしていたよりも、ずっと強力で、強靱なのかも知れない……と、荒野は、思いはじめている。

「……あ、あの……」
 全員の分のお茶を用意し、それまでのやりとりを黙って聞いている一方だった静流が、突然、片手をあげて、おずおずと声をかける。
「よ、よかったら……ですけど……。
 ジュ、ジュリエッタさん……う、うちのお店で、働いてみませんか? できれば、住み込みで……」
 静流の言い分は、こうだった。
 今の店舗兼住居は、静流一人が住むには広すぎる。それに、フルタイムで働ける店員も、そろそろ募集をするところだった。同居人と店員を兼ねた、住み込みの従業員がいてくれれば、静流のニーズとしては、かなり都合がいい……。
「も、もちろん、お店で働いた分のお給料は、お支払いしますし……それに、非常時にも……」
「ぜん、っぜん、よろしーでぇーっす……」
 静流が言い終わらないうちに、ジュリエッタは静流の首に抱きついていた。
「……ちょ、ちょっと……そんな、困るのです……」
 などと、静流が困惑の声をあげるのにも構わず、ジュリエッタは静流の頬にキスの雨を降らせる。
 ジュリエッタの育った文化圏では、親愛の情を示す感情表現であり、性愛的な意味合いはないのだが、こうした感情表現に慣れていない静流は、本気で困り果てている様子だった。
「……商店街に、静流さんとジュリエッタさんが常駐してくれれば……警戒態勢的には、確かに安心できますね……」
 荒野も、静流の言葉に頷く。
 人が多い駅前付近は、この周辺でも重点的に警戒しておかなくてはならない箇所でも、ある。
 それに、目の不自由な静流にいつまでも一人暮らしをさせておくのも、心配といえば心配だった。静流なら、望めば、同居する野呂の女性くらい、いくらでも手配できるだろうに、それをしていないというのは……出来るだけ、それまでの自分に近い者を、あまり手近に置きたくはない、ということなのだろう……と、荒野は予測する。静流にそういう心理がなければ、そもそも、静流がこの土地に来ることもない。
 その点、ジュリエッタは……計算高さがなく、どこか抜けていて……「悪い意味での」一族らしさがない。それに、静流と、年齢も近い。
 静流にしてみれば、変に神経を使う必要もなく、一緒にいても安心出来るタイプの同性、なのだろうな……と、荒野は妙に納得する。
 同じような年齢であっても、「静流とシルヴィ」という組み合わせでは、こうはいかないのだろうが……
「……すると、あと、問題なのは……」
 荒野がそういってセバスチャンに視線を向けると、その場にいた全員が、セバスチャンに視線を集中させた。
 全員が全員……こんなに奇妙で、見た感じからして胡散臭いガイジン、受け入れてくれるところは、この田舎にはないんじゃないか……と、思っているのは、明白だった。
「……わたくしのことは、お気になさらず……」
 セバスチャンは、特に慌てた様子もなく、注視する一同に向かって、深々と頭を下げて見せた。
「わたくし一人なら、どうとでも対処できますので……」
 ……本当は心配だったが、あまり深く追求したくない問題でもあったので、荒野はその言葉を信じることにした。
「すると……残るは、イザベラなわけだが……」
 荒野が、そちらに水を向けると、
「もちろん、住むところその他も、こっちに来る前に、ぜーんぶ手配済みっ!」
 イザベラは、そういって晴れやかに笑って見せた。
 ……こちらは、ジュリエッタたちとは対照的に、実に周到に計算と計画をしているらしかった。




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