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第六章 「血と技」(356)
しばらくして、だいたい食事が終わる頃になると、羽生が、
「……まぁ、まぁ、まぁ……」
とかいいながら、一升瓶を持ち出してくる。
「外、雨が強くなってきたし、明日は日曜だし、もう少しゆっくりしていていいでしょ?
子供たちの方も盛り上がっているし……」
そういって羽生は、香也の周囲にまとわりついているユイ・リィと楓、孫子を指さす。
ユイ・リィが、香也に絵を描くようせがんで、香也がそれに応じている形だった。
ホン・ファとイザベラは、少し離れたその様子を見守っており、それ以外の荒野や茅、は、ペースを崩さずに黙々と食事を続けている。現象は、もはやその四人ほどの食欲はなくなってきた様子だったが、それでも妙な意地を張ってきたのか、箸を止めようとはしない。
ジュリエッタと梢、シルヴィなどが交代で台所と往復して食料を補充していた。
三島などは、その風景をみて、
「……かなり余裕をもって作っておいて正解だったな……」
と、呟いた。
「……でも、おれは運転して帰らなければならないし……」
舎人はそうって、羽生がつきだしたグラスを辞退しようとした。
「いいじゃん。
泊まっていけば……」
羽生は、あっさりとそういう。
「……外、久々に土砂降りですよ。
いいっすよね? 真理さん?
そっちも、帰っても、別に寝るだけでしょ?」
「「……いただきます!」」
何故か、酒見姉妹が声を揃えた。
「……未成年が……」
すかさず、三島が、ぺん、ぺん、と二人の後頭部を平手で叩く。
「……お前らに飲ますくらいなら、わたしたちが優先的に飲む。
ほら……真理さんも……。
たまにはぐーっといきましょ、ぐーっと……」
そういって三島は、真理の手にグラスを押しつけた。
真理は、「あら、あら、あら……」とかいいながらも、三島に逆らわずにグラスをしっかりと握っている。
「……お風呂、沸いたけど……」
そんな時に、居間から姿を消していたテンが戻ってくる。
「……ジュリエッタさんとかイザベラさん、入っちゃえば?
長旅で、こっちに着いたばっかりだって話しでしょ?
日本風のお風呂は気持ちいいよ。特にこの家のは、広いから……」
羽生が、すかさず勧めた。
「……ええ、どうぞ。
ご遠慮なく……」
なみなみと日本酒が注がれたグラスを手にしながら、真理も羽生の言葉に賛同した後、テンとシルヴィに向かって、
「……テンちゃん。
皆さんをお風呂場に案内してあげて。
よかったら、シルヴィさんもどうぞ……」
などと声をかける。
「……All right……」
シルヴィは頷き、ジュリエッタとホン・ファに声をかけて立ち上がった。
ジュリエッタとホン・ファは素直に立ち上がる。その際、ホン・ファは、ユイ・リィにも声をかけたのだが、ユイ・リィは立ち上がろうとはしなかった。
ユイ・リィは、香也の手元を覗き込むのに夢中だった。
ホン・ファは、小さくため息をついて、テン、シルヴィ、ジュリエッタ、イザベラなどと一緒に居間を出て行く。
「……梢ちゃんや酒見ちゃんたちも、一緒に入ってきちゃいな……。
うちのお風呂、相当広いから……」
羽生は、その三人にも声をかけて即した。
酒見姉妹はすぐに頷いて立ち上がり、梢は、ちらりと舎人の顔を伺って、舎人が頷くのを確認してから、居間を出て行く。
その背中に三島が、
「……湯上がりの一杯は、効くぞー……」
と声をかけた。
ジュリエッタは、「……おさけー、おふろー……」と歌うような節回しでいいながら廊下に姿を消した。
「……ユイ・リィちゃんは、絵に興味があるのか?」
羽生が、香也の手元から視線を逸らそうとしないユイ・リィに声をかける。
ユイ・リィは、羽生を見上げ、数秒、その言葉の意味を把握しかねているような表情で目蓋を開閉させていたが、しばらくの間を置いて、
「……わからない……」
と、小さく呟く。
続いて、ユイ・リィは、
「今まで……絵を描く人、知らなかったし……。
でも、この人の手……魔法みたい……」
と、香也のスケッチブックを指さす。
「……さっ、さっ……って、動くと、師父の姿が、紙の上に現れる……」
「……んー……」
一連のやりとりを黙って聞いていた香也が、はじめて手を止めて、口を挟むと、香也がしゃべるとは思わなかったのか、ユイ・リィは一瞬、ぎくりと身体を強ばらせて、小さく後ずさる。
「……魔法じゃ、ない。
強いていえば、技術……。
ぼく程度になら……時間さえかければ、誰でも、描けるようになる……」
香也はユイ・リィの態度にも気づかない様子で、淡々とそんなことを話す。
「……誰にも?」
一度は香也から遠ざかったユイ・リィは、まともに香也の目を見返して、首を傾げた。
「ユイ・リィにも……それ、出来る?」
「……出来るよ」
答えたのは、香也ではなく、ノリだった。
「ボクも……ついこの間まで、絵なんか描いたことなかったけど……今では、描いているし……」
「……ぼ、ぼくもだ……」
現象が、自分の口を掌で押さえながら、よろよろと香也たちがいる方に歩いてくる。
「ぼくも……ごく最近、絵を、描きはじめた……」
[
つづき]
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