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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(357)

第六章 「血と技」(357)

「……んー……」
 香也は、ボクもぼくも、と背後でいいたてるノリや現象のことはとりあえずスルーして、ユイ・リィに問いかける。
「絵、描きたいの?」
「描きたい、っていうか……」
 改めてそう問いただされると、ユイ・リィは、自分が本当はなにをしたいのか、よくわからなくなる。
「……師父の動きを、こんなに明瞭に描くのは……描けるのは、すごいと思う……」
 そういって、ユイ・リィは、スケッチブックに描かれたフー・メイの姿を指さす。
 簡潔な線で身体の輪郭を軽くなぞった程度のスケッチで、顔も描かれていないくらいだったが、制止した絵であるのにもかかわらず、その動きは、明瞭すぎるほどに、わかる。シンプルな香也の線は、フー・メイの肢体の輪郭を切り取ることで、筋骨に込められた力の大小までもを的確に表現していた。
「……んー……」
 香也は、特に謙遜する口調でもなく、平然と返す。
「……あの人のは、手足の動きが速すぎて、ほとんど見えなかったんだけど……。
 ……ここに描いたのも、ほとんど、あの人が動きを止めている時のものだし……」
 香也は、そういうと、ユイ・リィはやおら立ち上がり、。
「でも……よく、見てる。
 ……そこのページの動きを、ゆっくりと再現してみる」
 と、前置きし、その場で一通り手足を振り回し、香也に演舞をしてみせた。
「これが……いろいろな状況に応じて対応できる、基本的な型……。
 今度のは……見えた?」
 ユイ・リィが香也の方に顔を向けたことで、香也ははじめて自分に見せるために、わざわざユイ・リィがそれをやってくれたのだ……ということを、ようやく悟った。
「……んー……。
 見えた……」
 香也は、短く呟き、開いていたスケッチブックに、ざっ、ざっ、ざっ、と、鉛筆を走らせる。ざっと見た感じでは、ラフに腕を動かしているようにしか見えないのに、スケッチブックの上には、小さなユイ・リィの姿が、見る間に現れた。
 簡単な線で構成されたスケッチだったが、その代わり、無駄な線も一本もなく、的確に描きだしていく。
「……おー……。
 どれどれ、見せてみ……」
 いつの間にか香也の背後に羽生がにじり寄り、香也の手からスケッチブックを取り上げた。
「……んー……。
 これは……ほぼ、同じ大きさだし……」
 とか、ぶつくさいいながら、羽生は、香也の手から取り上げたスケッチブックから、たった今、香也が描いたページを破り取り、それを丁寧に折りたたんで、手で、何分割かに、千切った。
「……ほれ。
 こうすりゃ、動きがよくわかるでよ……」
 羽生が、千切った紙の端っこを指で押さえて、もう一方の手でぱらぱらと紙をめくってみせると……確かに、描かれたホン・ファが、動いているように見える。
「……動いてる……。
 それに、姉様の動きと、そっくり……」
 それまで黙って成り行きを見守っていたユイ・リィが、目を丸くして、呟く。
「……パラパラマンガ、知らんの?」
 羽生は、「最近の子は、ノートとか教科書の隅に落書きとかしないのかな……」などとぶつくさ言いながら、一度、席を外し、すぐにDVDのケースを持って居間にかえってくる。
「……よしよし……。
 ほんじゃ、ま。
 おねーさんがよい子たちに、いいもん、見せてあげよう……」
 といいながら、羽生は、DVDをプレーヤーにセットし、居間のテレビが映像を再生しはじめると、ユイ・リィだけではなく、茅やノリ、ガク、それに現象までもが、テレビの前に集まり出した。
「……こんで、しばらくは静かになるかな……」
 と、羽生は呟く。
「……子供を静めるのには、ジブリだな……」
 三島も、頷く。
「下手すると……大人までもが見入っちゃうのが難点なんですが……」
 羽生も、頷き返した。

 しばらくして、借り物のパジャマやスウェットに身を包んだ風呂上がりのジュリエッタや酒見姉妹も、茅たちと一緒にテレビ前に陣取る。梢やホン・ファも、身を乗り出して夢中になる、というところまではいかなくとも、少しはなれたところでそれなりに熱心に鑑賞していた。

「……ほー……」
 その間に、今度はイザベラが、香也のスケッチブックをぱらぱらと見返して、素直に関心してみせた。
「……若いのに似ず、たいしたもんじゃな……」
「若いのに似ず、って……」
 荒野が、同年配のイザベラの言いように、苦笑いしてみせる。
「……たいして変わらないだろう、年齢的に……」
「……あっ。いや……。
 そういうことではなく……ここまで描けるようになるには、かなり練習しなければならなかったのではないか……ということでな……。
 今の年齢で、ここまで描ける、ということは……それこそ、幼い頃から、かなり描き続けてきたのと違うか……と、そう思ってな……」
 イザベラは、スケッチブックから顔をあげて、香也を見据えた。
「……おんし……。
 一般人の子供が……なんで、ここまで、絵にのめり込めるんじゃ?」
 香也の本質を衝く質問を、いきなりぶつけてきた。
 ……それなりに、鋭いところもあるのかな……と、荒野は、イザベラの洞察力を評価する。
「……んー……」
 香也は、例によって、間延びした声で答えて、
「……よく、わからない……。
 確かに……気づいた時には……いつも、絵ばかり描いてたけど……。
 そういえば……なんでだろう?」
 しきりに、首を捻っていた。
「……絵を描くのが、好きなんじゃないのか?」
 荒野は、助け舟を出すつもりで言葉を挟む。
「好きか嫌いか……っていったら、好きな方だけど……そういうの、改めて考えたことなかったし……ただ……」
 ……描いていると、落ちつくんだよね……と、香也は、いった。
「……強いていえば、絵を描いていると、落ち着くから……かなぁ……」
 それが、イザベラの「なんで絵ばかり描いているのか?」という質問に対する、香也の答えだった。
 どうも、香也は……傍目にそう見えるほど、強烈な情熱を持って絵を描いているわけではないらしい。少なくとも、本人が自覚している限りにおいては。
 本人が意識しているのと、実際の行動との間にあるギャップは……いったい、どういうことなのだろう……と、荒野は、少し疑問に思った。




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