第六章 「血と技」(359)
「……拝聴しよう」
荒野は頷いて、孫子を相手に「高貴なる義務」うんぬんと御託を並べていたイザベラに、先を促す。
「目的なし、面白そう」つまり、「興味本位」でここに来た、と強調する割には、イザベラは、話しを聞く限り、この土地の情報を、かなり詳細に調べ上げた上で、来ている……ように感じる。でなければ、一族の一員ではない孫子のプロフィールなど知るわけがない。
飄々とした態度とは対照的に、イザベラは、現在この土地で進行中の状況に関して、それなりの見識を持っているように思えた。
少なくとも……荒野たちに、悪意を持っているようには見えない。
もっとも……。
『……地獄への道は善意で舗装されている、ともいうしな……』
荒野は、「悪意を持っていない=害を成すものではない」、という思考はしていない。
だからこそ……。
『もう少し、何を考えているのか聞いて……』
確かめておかなくてはな……と、荒野は思う。
孫子の例からもわかるとおり、上流階級の人間というのは、どこか浮世離れしているというか、時折、下々の者には予想つかない発想をすることがある。
「……おう。
拝聴するか、加納の。
ほんじゃあ、ま、続けるがの……」
イザベラは軽く頷いて、誰にともなく問いかける。
「……おんしら、現にもう少なからぬ影響を、この周辺の地域社会に与えておるわけじゃろ?」
「……より正確にいうと、与えつつある……。
現在進行形、だな……」
それなりに「調べ」はついているようなので、荒野はイザベラの言葉に頷いた。ボランティアや学校での活動、孫子の会社……など、例を挙げていけば際限がないくらいだ。どれもまだ初動段階で、現状での影響力はたいしたものではないのかも知れないが、時間が経過するにつれて、周囲に及ぼす影響も大きくなっていく……と、予測される。
イザベラも指摘するように……今や、荒野たちは、決して、無力な未成年の集団ではないのだった。
「……具体的なことは、お互い、いやというほど分かり切っておるから、個々の事例は挙げんがの……」
イザベラは、テレビにかぶりつきになっている三人組の背中を指さした。
「……わしが特に注目したのは、その子らが開発した、っちゅう監視カメラ用の顔認識システムじゃ。
あれ、ごく短時間で開発したっちゅう噂が、嘘やはったり、ちゅうことじゃあなく、誠のことなら……新種が一般人社会に与える影響力は、一族の比ではなかとよ……」
「……本当だよ」
それまで黙ってテレビの映像を見ていたガクが、振り向きもせずにそう答える。
「あれ、ボクが開発した。
かかった時間は……だいたい一晩、だったかな?」
「基幹部分だけなら、ね」
テンが、やはりテレビから視線を逸らさずにガクの言葉を補足する。
「それから、孫子おねーちゃん経由で貰った要望に沿って、いろいろ手を加えて、実用化段階にまで落とし込む手間がかなりかかっているし……。
そういうのは、相手の話しを聞きながら変えていくわけだから、基幹部分の開発よりもよほど時間がかかる……」
二人がテレビから目を離せないのは、空から落ちてきた少女とその少女を拾った少年と、どこからか沸いてきた軍隊との追いかけっこが、佳境に入っていたからだ。少年と少女の二人連れは、大人たちの追跡を、地の利や少年の顔見知りの大人たちの協力を得て、うまく躱していく……。
「……いずれにせよ、通常の工程を踏むよりは、ずんと短い。
あれだけ画期的なシステム、時間や予算をいくら与えられても、普通なら思いつきもしないし、思いついても、あれだけエレガントに形にできるもんではなか……と、うちが抱えておる専門のもんも、いうておった……」
「……分析させているのか……」
荒野は、納得した様子でイザベラの言葉に頷いている。
イザベラは、ここでの詳細を可能な限り調べ尽くした上で、ここに来た……という荒野の予測が、またひとつ裏付けられたことになる。
「加納のも、少し考えてみりゃ、容易に見当がつくじゃろ?
超人的な能力を持つ個体が、なんぼかぽつねんと存在しておるのと、それと、そうした個体がごく普通の一般人でも扱えるモノを次々と開発していくの……どちらの方が、一般人社会に甚大な影響を与えるのか……」
「……少しは、考えていたけどな……」
荒野は、ゆっくり首を振る。
「それ以前に、もっと差し迫った問題がいろいろあったんで、そういった大局的な問題は、後回しにしていた……」
答えながら、荒野は、イザベラについて、「……Strange Loveの娘だな、やはり……」と思う。
「新種たちが一般人社会に与える影響」の大小を考察する、などという思考は、同年配の一般人はもとより、一族の大人でも、なかなか出来るものではない。
「差し迫った問題……例の、おんしらが悪餓鬼たら、いうている奴らのことか?」
イザベラは、軽く眉を顰めて見せる。
「そんなん、こうして一族の戦力が結集しつつある今では、単なる障害物にすぎんじゃろ?」
「障害物、という点には同意するけど……そうやって、ことさらに軽視するのはどうかな?」
……イザベラの思考は、戦略的な方向に片寄り過ぎて、目の前の問題を軽視する傾向がある……と分析しながら、荒野は反論する。
イザベラは、自身が直接戦うのではなく、様々な手駒を効率的に動かすような教育を、受けて来ているのだろう。
「相手の実力や背景がよくわかっていないってのもあるし……それ以外に、無関係の一般人を巻き込んでの破壊工作でもされたら、戦力的にどんなに優位に立っていようが、こっちは完全にお手上げだ……。
すでに、そういう警告めいた行為にも、前例がある……」
荒野は、「悪餓鬼」たちとは、お互いに正面からぶつかり合って雌雄を決する……という分かりやすい決着の仕方はしないだろう……と、漠然と予測している。
相手がどういう動機で動いているのか、判断するデータが不足しているから……ということもあったが、何となく、力づくで押さえ付けられるような、単純な手合いではないのではないか……という予感を、漠然と感じていた。
「……そうか。
加納のも、悪餓鬼たらいうやつらには、まだまだ裏があると思うておるのか……」
今度は、イザベラが思案顔になる。
「……っていうか、正直にいうと、やつらが、なんでおれたちにちょっかいを出してくるのか……それが、よく分からないんだ……」
荒野は、かなり率直な意見を述べる。
「過去の怨恨……ったって、そんなもん、やつらにしてみれば、自分らが生まれる前の話しだろ?
背後にやつらを操っている大人がいる……と仮定してみても……一族のなかでしかるべき地位にいるものとか、過去に新種たちの計画に携わった者が狙われるならともかく……なんで、おれたちなんだ?
第一、やつら悪餓鬼どもが、ここの三人や茅たちと同等以上の能力を持っていたと仮定して……そんなやつらが、黙って周囲の大人たちのいうとおりに動くものなのかなぁ……」
荒野の「悪餓鬼ども」に関する意見は、どうしても疑問形で締めくくられる。具体的なデータが揃っていない以上、どうしてもそうなる。
「……ともかく、何をやらかすか、予測がつかない……っていうのが、やつらに関するおれの評価で……だから、現状を維持しつつ、やつらの尻尾を掴もうと思っている」
「加納のは、自分たち以外に、被害が広がることを極端に恐れている」
イザベラは、平静な声で指摘する。
「加納の積極的な動きを封じることが、やつらの狙いだとしたら?」
「その可能性は、十分にあると思うけど……」
荒野は、肩を竦めた。
荒野のような者を相手にする場合、牽制して動きに掣肘を加えようとするのは、別に不可解なことではない。
「……仮にそうだとしても、こっちは、その思惑に乗るよりほかない……」
というか……商店街にセコい催涙弾を使用した目的は、それ以外に思いつかない。
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つづき]
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