第六章 「血と技」(362)
真理が突如出現した「楓」という、一般的な見地からみたら突拍子もない存在を特に抵抗なく受け入れたのには、間接的に聞いた予備知識として「荒野のような存在」のことを知っていたから、ということが大きい。もちろん、真理が先天的に「細かいことを気にしない」性格をしていたことの方が、要因としては大きかったのかも知れないが。
『……そういや、真理さんとこういうこと話す機会も、今までありそうでなかったな……』
今さらながら、ではあるが、荒野はそんなこことを思う。
この一家には、楓のことにもしても三人娘にしても、それに、かなりの頻度でこうして集会やら会議やらの場所をお借りしていたり……と、かなりお世話になっている。それにもにも関わらず、今まで真理の態度ががあまりにも泰然としているので、詳しい事情を説明する、という当たり前の手続きを踏むことを、荒野はすっかり忘れていた。
真理にしても、こうして居間で一族関係の話しを聞く機会も多いわけで、断片的な情報はそこそこ得てはいるのだろうけど、例えば長期不在中の出来事などについては、誰も教えることなくこれまで来たのだろう。
『……これからは、ちゃんとフォローしておかなければな……』
と荒野は思う。
お世話になっている、という心情的な理由もあったが、荒野にとって真理は、「事情をよく知っている一般人の大人」として、かなり貴重な人材といえた。この複雑怪奇な状況下に、頼りになるアドバイザーは多ければ多いほど判断材料が増え、都合がいいし、そのためには、情報を出し惜しみするのは得策とはいえない。
これで……。
『……判断が信頼できて、頼りになる一般人の大人、という知り合いは……』
いそうでいないからな、と、荒野は横目でちらりと三島を一瞥して考える。
「……それ、その、悪餓鬼ども……と、おれたちが呼んでいる連中……について、真理さんは、どう思います?」
早速、荒野は真理に向かって意見を聞いてみることにする。
真理は、単なる一般人の主婦であって、アナライザーでも戦略や戦術の専門家でもない。
「……最初の……この現象を手駒に使った襲撃からこっち、まったく音沙汰がないのが不気味だし……正直、この沈黙期間をどう解釈すべきか、戸惑っているところなんですが……」
だが……と、荒野は思う……こちらが掴んでいる情報は、これで一通り説明した所だし、施設の職員をしていた真理は、子供のことならよくわかっているいる筈だった。
やつらを荒野たちが「悪餓鬼」と呼称している理由……行動の背後に垣間見える幼児性を考慮すれば、真理からなにがしかの拝聴に値する意見を引き出せる可能性、荒野たちが見落としている「何か」を指摘して貰える可能性は、それなりにある……と、荒野は考える。
「……悪餓鬼、ねぇ……」
真理は、目を細める。
「確かに、いい子たちではなさそうだけど……根っから悪い子というのは、そうそういないものよぉ……」
そうした真理の意見を、荒野は理想論とも詭弁とも受け取らない。
荒野の経験からいっても、確かに、「生まれついての悪人」はほとんどいない。だが同時に、「生まれついての善人」というのも、ほとんどいないのだが。
人がなす善行も悪行も、育った環境や放り込まれた状況などが大きく作用した結果、発露することが多い。
「……やつらは……やつらを育てた支援者は……」
荒野は、ここで軽くため息をついた。
何かを予測にするにせよ、今の時点では、判断をする材料が少なすぎる……ということは、荒野自身が痛感している。
「……一体何を考え、何を目的としているんでしょうね……」
そう続けた荒野の口調は、ほとんど自問に近い。
最近の荒野は、暇さえあればそのことを考えている。相手の目的さえ掴めれば、対応策も考慮しやすいのだが……目下の所、ヒントや糸口となりうるデータが、あまりにも少な過ぎる。
「……悪いコは全員、ぶった斬るといいよー!」
突如、それまで静かにしていたジュリエッタが奇声を発した。
その場にいた全員の視線がジュリエッタに集中する中、
「ああっ!
いつの間に、こんなに……」
舎人が、そんなことをいいながら、半分以上空になった一升瓶を持ち上げて振ってみせる。
「……他の人は、ほとんど口を付けていないのに……」
ジュリエッタは日本酒がお気に召したらしく、ほとんど一人で五合以上、飲んでしまったらしい。
ジュリエッタは「うぱーっ!」とか奇声を発して立ち上がった。
「ああ、もう! 話しをぶった斬ったのは、お前だってーの、このでか乳ラテン系女がっ!」
がっ、と立ち上がった三島が、鋭い語気で指示を発する。
「楓とおっさん、さっさとこの酔っぱらいを取り押さえて簀巻きにでもしとけってーのっ!
酒乱の二刀流が暴れ出したら、それこそ手に負えんぞっ!
それから荒野っ! いつまでもうじうじたそがれてないで、お前もこっちに手を貸せっ! 際限なくグチってたって何も解決しないことをいつまでも、うじうじ、グダグダしているなっつーのっ!」
三島がいい終わる前に、楓、舎人、荒野、それに、ホン・ファやユイ・リィまでもが弾かれたように立ち上がり、ジュリエッタの周囲を取り囲んだ。
「……はい、そっち持って……」
テンが冷静な口調でガクとノリに指示し、卓上に並んでいる食器ごと静かに炬燵を持ち上げて、部屋の隅に待避させる。
静流とシルヴィ、イザベラ、孫子、それに、真理と羽生、三島などは当然のような顔をして炬燵についていく。
どうやら、これらの面々は、高見の見物を決め込むつもりらしい。
「……え?
え? え?」
事態の推移に思考がついていかない現象は、炬燵がのけられてもその場に座り込んだまま、首を左右に振っている。
「……なに?」
「逃げるなり、加勢するなり、さっさとどっちかに決めた方がいいぞ、現象」
三島が、興味がなさそうな口調で指摘した。
実際、三島にしてみれば、現象の去就など、他人事以外のなにものでもないから、積極的に興味が持てる、という事柄ではない。
「わたしは、高見の見物をさせてもらいます」
現象がぐずぐずしている間に、梢の方は、すでに三島や真理たち、見物組に紛れっこんでいたりする。
静流が真理から新しい湯呑みを借りて、新しいお茶をいれて、炬燵の周りにいる人々に配りはじめていた。
「……素手で、二人掛かりなら……」
とかいい合いながら、ホン・ファとユイ・リィは、ジュリエッタ を挟撃する位置につき、じりじりと間合いを詰めはじめた。
荒野や楓、舎人は、荒野が送ったさりげない合図に応じて、前衛をその二人に外側を固める位置についている。
師父であるフー・メイと互角以上に闘った相手、ということで、ホン・ファとユイ・リィは、かなり気張っている様子だった。
大勢に取り囲まれた形のジュリエッタは、緊張感の欠片もない様子で、ケラケラ笑い声をあげている。
「まあ、いい余興ではあるね……」
ぽつりと、シルヴィがコメントした。
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つづき]
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