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隣の酔いどれおねぇさん (4)

隣の酔いどれおねぇさん (4)

 そのときのぼくの顔は、たぶん、ひきつっていたと思う。だけど、対面していた加々見さんの顔は、もともと血色が悪かったところに、さらに拍車をかけて蒼白になっった。
「……ご、ごめんなさ……」
 嘔吐の切れ目で謝罪の言葉らしき断片をいいかけるのだが、すぐにこみ上げてくるものに押しな流されて、四つん這いになってげぇげぇと戻すのだった。
 ぼくができることいえば、彼女の背中をさするのがせいぜいで、いやまあ、こういうときのしんどさや情けなさは自分の経験に照らせばよくわかっているので、事故とか天災にでくわしたときに近い諦観があった、といえばわかりやすいだろうか、彼女を責める気にはなれなかった。

 しばらく吐くだけ吐いて、多少は落ち着いたのか、加々美さんは顔を上げた。あたりには酸っぱい匂いが充満している。
「……本当に、ごめんなさい。服はクリーニング……いえ、弁償しますから……」
 苦しそうにそういう加々美さんの顔をみながら、流石に夜中の今すぐどうこうしようとは思わないが、朝になったらここいらを洗い流さなければな、と、ふと思った。別に公衆衛生的にどうこういうというわけではなく、自分の住所の目の前くらいは最低限の清潔さを保っておきたかったからだけど。
「そういうはなしはまた明日にでも。今はとりあえず、それぞれの家の中にはいって、シャワーでも浴びてぐっすり寝ましょう。明日はお休みなんでしょ?」
「ええ。それなんですが……」
 加々美さんは自分の醜態を恥じ入っているのと、吐くだけ吐いたことでかなり酔いが醒めてきたのか、うつむき加減になって、そわそわと手をあちこちに動かし、落ち着かない挙動をしていた。
「あの。さっきから、鍵、探して居るんですけど、どうもどこかに忘れたか落としたかしたみたいで……見あたらないんです」
「それはそれは」
 そうきいても、ぼくはなんとか笑顔を作っていられたと思う。
「災難ですねえ。それでは自分の部屋に入れない、と……」
 まさかここで、「おやすみなさい」といって、自分だけ家に入ってぐっすりお休み、というわけにもいかないだろう。もう夜は結構冷えるし、相手は女性だし。
「それではどうぞ。なにもないところですが、遠慮なく」
 そういって、ぼくは自分の部屋の鍵をあけて招き入れる。
「一応念のため。
 悪いけど、シャワーは先に使わせてもらいます」
 加々美さんはぼくの胸から下の惨状を再びまじまじと見つめた後、機械的な動作でかくかくとうなずいた。

[つづき]
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