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彼女はくノ一! 第一話 (5)

第一話 ある日、くノ一が落ちてきて……。(5)

「香也君! 大丈夫! 香也君!」
 樋口明日樹が、いきなり落下してきた「物体」の下敷きになった狩野香也の名を呼びながら、目をつぶってぐったりしている彼の肩に手をかけてゆさぶっている。

「……なんだこりは……」
 羽生譲は、少し離れた所で、大の字になって目を回している「物体」を、つま先でツンツンと探っている。
 覆面と忍装束。絵に描いたような、時代劇に出てくる、典型的なニンジャの姿がそこに転がっていた。装束を着ていても分かる、意外に豊満な胸の膨らみで、そのニンジャが女性だとわかる。
 ……脱ぐとけっこうすごいな、この胸は。
 と、羽生譲は、思った。
 覆面をしているので顔立ちまでは判然とはしないが、背はあまり高くない。
 が、見えている目元の肌の色艶から推測して、かなり若い……というより、むしろ幼い。と、推測。
『ロリプニで巨乳のくノ一が落ちてきたよ!』
 って……ここまでベタだと、もはや失笑も起こらない。
 ……もしもこれが純然たる「偶然」だとしたら、このような事が起こりうる確率は、「登校途中、遅刻寸前で急いでいたトーストをくわえた美少女とぶつかる」確率よりは、少ないと思う……。
「朝から忍装束を着こんでいる人」よりは、「トーストをくわえた美少女」のが、まだしも現実にいそうな気がする……
「……最近のコスプレーヤーは、朝から通行人の上にダイブするのが流行なのかな?」
 羽生譲は、一見落ち着いているようでいて、その実、かなり混乱していた。

「……えっとぉ……」
 道端でのびている香也と忍装束の間で、おろおろしているのが、香也の母、真理。
「……そうだ、救急車! 電話は……あれ? ね、羽生さん、けーたい持ってない?」
「お? おう……」
 真理に即された羽生譲が、119番をプッシュしはじめたとき……。

「ちょおっと待ったぁ!」
 片手を上げて、たったった、と軽快な足音をたて、こちらに走り寄ってくる者がいた。
『……こっちも、コスプレ?』
 スーツを着て、その上に白衣を羽織った小学生くらいの女の子が、お隣りのマンションのほうから駆けてくる。
『……もしや、スキップしまくって、十ン才で博士だったり先生だったりする天才少女、じゃなかろうな?』
 と、羽生譲は、思った。
『……ここまでくると、もはや何でもありか、このブログ……』
 白衣にスーツの少女は、呆然として現実逃避的な思考の錯乱アンド動作フリーズをしはじめた羽生譲には構わず、滔々と長台詞を吐きはじめる。
「おお。少年がいったとおり、なかなか面白そうな展開になってきておるではないか、こちらは。お。その制服。なんだ、うちの生徒か。ん。なるほど。あそこから、この糸目な少年の上に、このニンジャが落ちてきた、と。ふはは。なるほどなるほど。そこの女生徒。ちょっとどけ。ん。外傷なし、あばらも無事っと。……頭は打ってないんだな? ふむ」
 白衣少女は、香也の胸ぐらを掴んで、上体を起こしたかと思うと、べべべべ、と、平手を何度も往復させて、香也の頬を、両方から、ぶった。
「いつまで寝ておるか、糸目少年! この三島百合香の目の前で堂々とサボりを決め込むなんざ百億年早いわ! なんなら強制的にわたしがそこの女生徒ともども車で直々に送り届けてやろうか? あん? ほれ、立て、起きろ。ご家族に無駄な心配をかけるようなサボり方はするんじゃねぇ!」
 白衣少女が一喝すると、香也はバネ仕掛けの人形のような動作で跳ね起き、直立不動の姿勢になった。
「おし。それでよし。そこの眼鏡っ娘! この糸目少年を学校まで無事連行するように! 今ならまだ遅刻無しで充分に間に合う」
 白衣少女が唖然として見守っているばかりだった樋口明日樹にむかって檄を飛ばすと、樋口明日樹はそこではっとした表情になり、白衣少女、羽生譲、狩野真理のほうにに軽く頭を下げ、「香也君、行こう!」と声をかけ、、香也の腕を引っ張るようにして、学校へと向かう。
 学校、すなわち、常識が支配する、まともで日常的な世界へと……。

「……ふむ……」
 突如登場し、その場の主導権を当然のように把握した白衣少女は、今度は大の字になったままの忍装束のほうに歩み寄り、腕を組んで、しばらく、足下の物体を観察していた。
「わははは。こりゃニンジャだ。誰がどう見てもニンジャだ。何でこんなキワモノが朝っぱらから落ちてくるのだ。面白すぎるではないか! わはははははは」
 いきなり腰に手をあてて、豪快に笑いだした。そして、そのニンジャの体のあちこちをまさぐりはじめる。
「こっちは頭打ったのか。ん。頭骨に異常はないし、ほかに目につく外傷もなし。あの高さなら、たぶん、大丈夫だろ。なんとなくこいつ、頑丈そうだし。脳震盪だな、これは。ほっとけばそのうち目をさますだろ」
 そして、呆然として成り行きを見守っていた(見守るしかなかった)羽生譲、狩野真理のほうに向き直り、
「自己紹介が遅れた。そちらはあの眼鏡っ娘か糸目少年のご家族とお見受けする。わたしの名は三島百合香。あの子らが通う学校の、保健室の先生だ。当然、医術の心得も多少はある。ついでにいうと、先月そこのマンションに越してきたご近所さんだ。
 で、お願いあるのだが、この路上にのびているやたら目立つ物体を、どこか、人目につかない所に隠すのを手伝ってはくださりませんかね?」
 そして、返事も待たず、携帯を取り出して、「近所で事故が起こったので、応急手当の心得がある自分が手当をしている」とか、通話し始める。どうやら、勤務先に連絡をしているらしい。
「ほい。そこののっぽのおねーさん。このニンジャをわたしのマンションに運び込むのを手伝ってくれるとありがたいのだがな……」
「あの……」
 ようやくフリーズからとけた狩野真理が、白衣の少女……三島百合香と名乗る女性にいった。
「運び込むのなら、こちらのほうが近いんですけど。そこ、うち、ですから」
 と、すぐそこの玄関を示す。

[つづき]
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