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髪長姫は最後に笑う。 第一章(2)

第一章 「行為と好意」(2)

 三島百合香の出勤を見送った後、同じマンション内にある、加納荒野は自分たちに宛われた部屋に戻った。三島百合香の部屋が三階で、表向きは帰国子女の兄弟ということになっている加納荒野と茅の部屋は、最上階の七階になる。

「……こうや……どこいってたの……」
 七階の自室に戻ると、玄関先に、寝間着代わりにしている白無地の浴衣を乱雑に羽織った茅が待ちかまえていた。寝乱れ、でたらめな方向に跳ねていたりする長い髪の間から、半分とろけたようないかにも眠そうな顔で、荒野を見上げる。
 どうやら、起きたら添い寝していたはずの荒野がいなくなっていたので、起きてきたらしい。
「せ、先生のところ。毎朝、先生が出勤する前に、連絡とか報告とかしにいくことになっているんだ」
 荒野と茅の間で「先生」といえば、ただ一人を指す。
 得体の知れないプレッシャーを感じて、その時の荒野の声は震えていた。もともと色白の茅の顔は、寝起きのためなおさら血の気が引いて青白く、照明もつけていない、薄暗い玄関先で、さながら幽鬼ののように見えた。顔の造作が整っている分、なおさら鬼気迫るものを感じた。
「か、茅は、朝はなにが食べたい? 今すぐ、用意するよ」
「……ごはんはいらないの。こうやが帰ってきたから、また寝るの……」
 そうして、よろよろとした足取りで、まとめていない髪を床に引きずりながらリビングまで歩いていき、そこのソファの上に、どさり、と身を投げ出して、そのまま寝息をたてはじめる。
「……おーい。茅さーん。そんなところに寝ていると風引くよー……」
 軽く肩を揺すってみるが、返事がない。まるで屍のように、熟睡している。
 しょうがないから、毛布を持ってきて茅の体の上に掛け、「外出する」という旨のメッセージと自分の携帯の番号をメモして置き手紙として残しておく。

『加納茅は、朝に弱い』
 同居人に関する新鮮な情報を脳裏に書き込み、加納荒野は朝の町に出ていく。

 駐輪場から買ったばかりのママチャリを引っぱり出し、掃除に出ていたマンションお隣りの家の奥さん(このお隣りの「狩野家」とも、荒野は浅からぬ因縁がある)ににこやかに挨拶をし、とりあえず、駅前のほうにいってみる。
 ここ数日の探索で、駅前には、朝からやっている牛丼屋、ファーストフード、全国チェーンのカフェなどがあるということを、荒野はしっていた。
 茅が起きていれば軽く近郊の案内をするつもりだったが、あの様子だと当分起きてきそうもないので、いきなり暇ができた。時間があっても特にやりたいこともなかったので、今朝は牛丼屋で軽く腹拵えをして、何件かあるカフェで時間を潰すつもりだった。

 荒野が長期間に渡って一カ所に滞在するとき、まずするのは、周辺地域を自分の足でくまなく歩いて、物価とか人々の気質とか雰囲気とかを身を持って知り、それに同化しようとすることだった。荒野は割と日本人離れした風貌をしていたので、一族の本拠地である日本に長期滞在したことは、幼少期を除いてほとんどない。幼い頃は東欧、少し成長してからは南米、ここ数年は東南アジア方面に行くことが多かった。混血が進んでいるそれらの地域は、西洋人にも東洋人にも見える風貌の荒野が紛れ込みやすく、また、政情が不安定なこともあって、一族が請け負う仕事にも事欠かなかった。
 幼い頃は一族が「埋伏」と呼ぶ、「一般人に偽装して、長期にわたり情報を偽装する」任につき、少し成長してからは、「荒事」と呼ばれる、実戦部隊の一員として働くことが多かった。その職務の性質上、前者「埋伏」は年単位の任であり、後者の「荒事」は、数日から早ければ数時間で終了する。

 今回、荒野に下された、「加納茅を笑わせる」というミッションは、一族の仕事としてはかなり特殊だが、「長い時間をかけて成果をだす」という事でいえば、「荒事」よりは「埋伏」に近い。
 今まで、荒野が「埋伏」の任につくときは、当然、「荒野の家族役」の一族が、広野の家族を演じていたわけで、今度は荒野が茅の家族を演じることになる。
 例えそれが仮初めの存在であったとしても、荒野が今まで両親ともに不在だったことに何にも負い目を感じないで済んでいるのは、幼少時、親身になって肉親を演じてくれた一族の者の存在があったからだ、と、荒野は、思っている。
 今度は、『おれが茅の家族になって、茅を安心させてやるんだ』、とも。

 荒野が感心したジャパニーズ・ファーストフード、牛丼(ビーフにこんな食べ方があったなんて!)の大盛りを平らげた後、荒野は食後のお茶を飲み行こうと、牛丼屋の三軒離れた所にあるカフェに足を向ける。
「にいさん!」
 その荒野の背中を、叩く者がいた。
 殺気はなかったが、その声に切実な、剣呑ともいえる鋭さを感じた荒野は、振り向きざまに裏拳を声の主にたたきつけて、相手を無力化した。とっさに、半ば無意識的に出た、それまで荒野が生きていた世界では、ごく当たり前の行動だった。
「……ただ、この前のお礼をいいたかっただけなのに……」 
 道路にうずくまっている痩せこけた少年は、出血している鼻を自分の手で押さえながら、うめくようにいった。
 その少年は、荒野と茅が三学期から通う手はずになっている、学校の制服を着ていた。

[つづき]
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