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髪長姫は最後に笑う。 第一章(3)

第一章 「行為と好意」(3)

「ええと……会ったこと、あったっけ?」
 鼻を押さえている少年を助け起こし、ポケットからテッシュを取り出して、わたす。少年は荒野に差し出されたティッシュをちぎって出血している鼻の穴に詰めながら、
「いえ、直接の面識はないんですがね。なにしろ、あにさんは目立ちますから……」
 とかいいながら、平手で自分の首のつけねを叩いている。

 ……やはり、目立つか……。
 荒野は苦々しく思った。
 なにしろ日本は、住民のほとんどがモンゴロイド的な特徴をもった人々で占められている土地である。自分のような白髪のガイジンが連日町中を目的もなくぶらぶらしていれば、それなりに顔も覚えられるだろう……。
「この間、白柊高のやつら返り討ちにして、後ろ盾になっている事務所までのりこんでいったの、あにさんでしょ? あれ、けっこう、噂になってますよ」
「うん。ヤクは嫌いだから」
 ……おっと。そっちか。
 目立っていたのは、荒野の外見ではなく、行動の方だった。「自業自得だな」、と心中で苦笑いする。
 そう思いつつも、荒野は少年が言及した一件については、反省していない。
 ドラッグが嫌いなのは本当のことだし、荒野が一族の指示を離れて独断専行を許されたのも、子供の頃を除けば、この土地に来てからが、初めてのことなのだ。「少しハメを外しすぎたかな」、くらいのことは思ったが。

「でもあれ、どうやってやったんです? 事務所には拳銃も何丁かあって話しですけど」
「企業秘密」
 隠すつもりもないのに詳細に説明しないのは、説明したところで信じて貰えない、と思ったからだ。荒野でなければ実行できない方法なのだ。
 確かに、トカレフの粗悪なコピーが何丁か、あるにはあったが、ハンドガンなんてものは、ろくに訓練も受けていない人間が撃っても、そうそう当たるものではない。
 一方の荒野はといえば、離れた場所から礫打ちを行えば、相手が素人なら、一度に十人以上を相手にしても負ける気はしなかった。
 荒野が扱えば、一粒のパチンコ玉、一枚のコインにでも、十分な殺傷能力を持たせることができる。

 その時、荒野が実際に行った手順は、以下のようなものである。
 まず、事務所近くの公衆電話から警察に「組織同士抗争が起こった」という旨の通報をする。それから、事務所の一番大きな窓近くにある電信柱にへばりつき、窓越しに、室内にいる一人一人をパチンコ玉で狙撃した。荒野には信じられなかったが、プロの犯罪組織を自認していながら、その事務所の窓ガラスは防弾仕様でもなんでもないごく普通の板ガラスで、荒野の指に弾かれたパチンコ玉は、易々とガラスを貫通し、中にいる人間の手足に食い込んだ。
 わざと間隔をおいて、敵対組織の攻撃と勘違いをして、しまい込んでいた武器を取り出す時間を与え、トカレフを構えた所で、ねらい撃ちにする。
 中にいた大方の人間を無力化したところで、ちょうど警察のサイレンが聞こてきたので、そのまま、電柱や屋根づたいに遁走……。

 後で聞いたところによると、警察が踏み込んだことで銃とクスリの不法所持が明るみになり、主要な構成員が引っ張られたその事務所は、事実上閉鎖に追い込まれたらしい。
 そのことを電話でじじいに事後報告すると、
「どうせすぐに後釜が居座る。無駄なタダ働きは大概にしておけ」
 と、窘められた。
 たしかに、「自己満足でしかないだろうな」、とは、自分でも思う。

『……でも、そうか、噂になっているのか……』
 と、荒野は内心で苦々しく思った。
 特に確証のない噂だろうが、「あの件を荒野がやった」という風評が流れているのを、放置することはできなかった。相手は証拠の有無によらず、「面子」とか「筋」を重んじる人種だ。遠からず、なにがしかの報復に出てくる事は、容易に想像できた。
『……相手が動く前に、手を打った方がいいな……』
 荒野は頭の中で、具体的なプランを何通りか思い浮かべていた。

「でも、本当に強いんすね。後ろから声をかけただけでぶん殴るなんて、ゴルゴみたいだ」
 意味もなく殴られて関心する少年のメンタリティは荒野には理解しがたいが、少年の表情を見る限り、荒野への悪感情はないようだ。
 むしろ、その表情には、荒野に対する崇拝の念すら読み取れる。
 少年の言葉の中にあった『ゴルゴ』という固有名詞は荒野の記憶になかったので、後で先生に聞いてみよう、と、荒野は記憶にとどめる。荒野は日本語は堪能だが、ポップカルチャーやサブカルチャーに関する知識は、かなり乏しい。「帰国子女」というふれこみで、ある程度ごまかせるにしても、フォローしておくに越したことはないだろう。
「でも、あれはおれが勝手にやったことだから.
君がお礼をいう筋合いのものではないよ」
「いや、でも、あそこが潰れたおかげで、流通量が減って値段が高くなって、おかげで、うちのねーちゃんがヤクに手を出さないですみましたから」
 要するに、荒野の行動が、少年にとって、とてもタイミングが良かった、ということらしい。

 少年の話しによると、少年には姉が二人おり、年長のほうの姉は「バカなヤツ」で、「ダイエットのために」ドラッグに手を出そうとしていたらしい。
 ……ダイエットのために……。
 この辺の感覚は、荒野には理解不能だ。
 いつだったか、一面のケシ畑を火炎放射器で焼き払ったとき、為す術もなく、荒野たちの行動を見守っていた農夫たちの悲しそうな瞳を思い出す。貴重な外貨を得るための換金作物を一方的に焼かれても、抵抗する術を持たない、無力な彼らの瞳を……。

 まったく、世界は矛盾と不調和でできている。

「事情はわかったけど、君、学校の方はいいの?」
 もう、授業が開始されている時刻だった。
「いや、もう面倒になったから、今日はさぼります」
 たしかに少年は、鼻につけているピアスといい、半端なドレッドヘアといい、ベルトを緩めて制服のスラックスがずり落ちんばかりにしている着こなしといい、あまり熱心に授業を受けたがるタイプには見えなかった。
「じゃあ、今度、君ぐらいの人がよく行きそうな遊び場所、案内してよ。今日はこれからちょっと用事あるから、いっしょにいけないけどさ。
 三学期からおれも、君と同じ学校に通うことになっているから。
 日本に帰ってきてから間もないから、こっちの遊び、よくわかんないんだよね」
「って、あにさん……そんな年齢なんですか!」
 と大仰に驚かれた。
 荒野が自分の年齢を告げると、「うわぁ。あすねーとタメかよ」とかぶつくさ言いはじめる。
 もっとずっと上に見られていたらしい。

 ……この時ばかりは荒野にも、様々な「公称年齢」を用意して、時と場合に応じて使い分けている、じじいの気持ちがよく分かるような気がした。

 その鼻ピアスの少年と携帯の番号を交換して別れ、荒野は一旦、マンションに帰ることにした。
 身の安全を確保するための、早急に手をうつ必要があった。

[つづき]
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