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髪長姫は最後に笑う。 第一章(10)

第一章 「行為と好意」(10)

 樋口未樹が茅の髪を切りに来る日の朝も、荒野は、いつものように、出勤前の三島百合香の部屋を訪れた。

「昨日、茅といろいろ話したけど、あれで確信した」
 三島百合香はいった。
「茅が隔離されて育てられたの、あれ、絶対、『ウラ』があるな」
 荒野も同じ印象を持っていた。不自然な点が、あまりにも多すぎるのだ。

 茅を発見した当時、警察は茅が衰弱していたこと、性交渉の痕跡があったこと、などの点から、「性的虐待を目的とした監禁事件」として捜査をはじめた。しかし、茅を発見した家から夥しい生活用品が発見されたことで、捜査の方向性は混乱することになる。
 状況証拠は、茅が、ほとんど生まれて間もないような頃から、その廃村で育てられたらしいことを物語っていた。

 玩具や絵本、子供服などの他に、数年分の、子供向けのテレビ番組を収録した、大量のビデオテープやDVD……それに、押入の奥には、おしゃぶりやほ乳瓶まで、残されていた。その家に残された物品は、要するに、茅の育児に必要とされた物がほとんどだった。
 いったい、「性的虐待を目的」に子供を誘拐するにしても、乳幼児から、十年以上の時間と膨大な手間暇をかけて育て上げる必要があるのだろうか?
 それも、電気、ガス、水道などの生活インフラも整備されておらず、道も通じていないような、不便きわまりない、山中の僻地、廃村で。

「『ストックホルム症候群』、という言葉がある」
 三島百合香は続けた。
「長時間に渡る籠城などを行った際、犯罪者と人質となった人間との間に、ある種のシンパシィ……一種の同胞意識が生じることを、そういう。
 最初は、それだと思ったんだ。長年ともに暮らした人間をかばって、茅が口を閉ざしていのだと。

 だけどな、少年。
 昨日、茅は、生まれた頃から知っているような親代わりの人間を『複雑な人』といいきった。
 ……一番身近にいた、たった一人の人間を、なんの愛憎の感情含ませることなく、客観的にそう言いきってしまう茅という少女は……。

 ──いったい、何者なんだ?」

「わからないよ、先生」
 荒野は簡潔に答えた。
「おれもたいがい、特殊な育ちかたしているもんでね。
 いわゆる、『普通の親子』とか『家族』とか、そういう人たちが抱く感情ってのが、全然ピンと来ないんだ」

「うわぁ! 長っ!」
 昼過ぎにマンションを訪れた樋口未樹は、床にひきづるほどの茅の髪をみて、まずそう叫んだ。
 ははは。と荒野はわざとらしい笑い声をあげ、
「すいませんねぇ。こいつ。ちょー箱入りでちょーひっきーだったもんだから」
 とかいいながら、平手でぽんぽんと茅の頭を軽く叩く。
「これじゃあ、切れませんか?」
「……いや……大丈夫。
 うーん。でも、こんだけ長いと、切るときに、荒野君に手伝ってもらわないとつらいかなー。
 ……たしかにこりゃ、切らなければどうしようもないや……ってか、今までそーとー、不便だったでしょう?」
 なにか事情があると察したのか、未樹は、深く詮索してはこなかった。

 未樹は少しかがんで、目線を茅の目の高さに合わせる。百五十に届かない茅とた未樹とは、十センチ以上の身長差がある。
 そのせいもあってか、未樹は、茅のことを「かなり年下の少女」として認識した。
「ごめんねー。初対面で驚いちゃって。はじめましてわたし、樋口未樹。
 聞いているかなぁ? あなたのお兄さんのお友達で、あなたの髪を切るために、呼ばれたの。
 今日はよろしくね」
「聞いているの。わたしは茅。加納、茅。こちらこそよろしくなの」
「そう、茅ちゃん。かわいいねー。お人形さんみたい。それに、この髪。この長さで手入れが行き届いていて……」
「お風呂で洗うときは荒野に手伝ってもらうの」
 突如、荒野が咳き込んだ。
「……ほーおぅ……荒野君がねー……ふーん」
 半眼になって、未樹は横目で荒野に視線を向けた。
「まあ、その辺の所は、後で問いつめるとして……。
 じゃあ、さっそく切っちゃいましょうか。
 ちゃんと道具も、お店から借りてきたから」
 そういって、持参したバッグから、ハサミと櫛を何種類か、それに、白いポンチョを取り出す。
「なにか適当な椅子、ない? あと、鏡とかあると、茅ちゃんが安心するかと」
 荒野は、スタンドミラーと手鏡、それに、キッチンから椅子を運んできた。

「ここぐらい? もうちょい上? 下?」
「そのぐらいでいいの」
 椅子に座らせた茅の正面にスタンドミラーを置き、荒野が、茅の背後がそのスタンドミラーに写るように、持っていた手鏡の角度を調整する。そうすることで、茅にも詳細な作業工程が確認できた。
「んー。正直、ここまで綺麗に伸ばした髪だと、鋏入れるの抵抗あるんだけどねー。
 茅ちゃん、本当にいいの? 後悔しない?」
「切っていいの。この髪はもう必要ないの」
「そっかー。じゃあ、いきまーす。
 荒野君はこっちの髪、手で持ってて。切るとばさりと落ちるよ。はい!」
 束にした茅の髪を荒野にもたせ、未樹は、思い切りよく、髪を切りはじめた。

 切った毛先を切りそろえたり、掃除機をかけたりなどの後始末も含めて、作業は一時間ほどですべて終了した。作業を終えた未樹は、
「いやー。切っちゃたねー」
 といいながら、煙草を持ってベランダへ向かう。
「うはー。緊張したー」
 そういいながら、ベランダの手すりにもたれかかり、煙草に火をつける。
 室内では、荒野と茅が後片付けをしたり、お茶の準備をしたりしている。
 その様子をみながら、
『かわった兄弟だなー』
 と、思う。
『荒野君のほうは、いろいろ混血しているらしいけど、茅ちゃんのほうは純和風って感じだもんなー。
 あんな見事な黒髪、しかもストレート、滅多にいないよ……』
 今日切っても、まだ十分に長い。あんな、腰まで届くストレート、滅多にいないだろう。
 ……っつうか、今までが、長すぎ。あれじゃあ、日常の用をたすのにもいちいち邪魔になったはず。茅が、それができる環境にいたということは……。
『この子たちって、結構いいところのボンボンなのかなー。
 ……実は、どっかの高貴なご令嬢とかご子息とか、財閥の跡取りだったりして……』
 ふとそんなことを思いついて、あわてて、
『どこのマンガの設定だよ!』
 あわてて、非現実的な自分の思いつきを否定する。現実の荒野と茅の生い立ちの方が、その思いつきよりももっとずっと「非現実的」だったりするのだが、もちろん、未樹はそんことは知るよしもない。
 そして、
「おーい。荒野君、切った髪、どうする?
 あれだけ見事なものなら、鬘屋さんでも人形屋さんでも、引く手あまただよー」
 と声をかけながら、煙草を持参した携帯灰皿の中に捨て、室内に戻っていく。

[つづき]
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