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髪長姫は最後に笑う。第二章(4)

第二章 「荒野と香也」(4)

 樋口未樹に髪を切ってもらい、狩野真理から普段服をいただいたことで、茅の行動範囲は飛躍的に伸張した。
 おかげで茅は、現金を渡していなかったにもかかわらず、朝食が終わるとそそくさと着替えて外出しそのまま夕方まで帰宅しないようになった、。夕食の時間には必ずかえってくるのだが、どうも昼食は食べていないらしい。
「どこにいて、なにをしていたのか」と荒野が尋ねても、茅は、荒野の目をじっとみつめるだけで、なにも言おうとしなかった。
 放置しておいても問題はないはずだったが、なんとなく落ち着かない気持ちになってきた荒野は、翌日、茅の後をこっそりつけていくことにした。

 その翌日も、茅は、朝食が済むと普段通り香也の古着に着替えて家を出た。荒野が後をつけていることに気づいているのかどうか、までは、わからない。
 とことこと二十分以上の道のりをひたすら歩いてようやく市立図書館へと入り、書架から数册の分厚いハードカバーを無造作に抜き出して、閲覧室に座り込んだ。それから夕方、日が落ちる時刻まで居座り、凄い速度で書物のページをめくり続けては本を取り替える、という作業を繰り返した。
 茅が書架から抜き出した本は、技術書だったり恋愛小説だったり郷土史だったり、と、ジャンル的にもまとまりがなく、また、ページをめくる速度も、あまりにも速すぎたため、本当に茅がそれらの書物を読んでいるか、仮に読んでいたとしても、内容を理解しているのかどうか、荒野には、疑問に思えた。
 疑問に思ったからといって、茅の行動を阻止するつもりも、荒野にはなかったが。

 翌日の茅の行動も同じパターンだった。
 茅が最初に持ち出した数冊の本のページを全てめくり終え、書架に返すために立ち上がったのを機に、荒野は茅の前に姿を現し、半ば強引に茅の手を引いて、受付まで連れていく。茅は、突如現れた荒野を特に不審がる様子もなく、手を引かれるままに、諾々と荒野についていく。
 受付で保険証を差し出し、「この子の図書カードを作ってください」と依頼する。
 茅の身分証明証は、荒野が保管していた。荒野には日本国籍も戸籍もあったが、荒野の妹として追記された茅の分のデータは、一族の手配による「本物以上に本物として通用する」偽造である。
 二、三分ほどで、通常の手続きを経て、出来上がったカードを茅に渡し、
「これがあれば、図書館から本を借り出せる。
 使い方はわかるな?」
 と、聞く。
 茅が、こくん、と頷くと、財布から現金三万円を抜き出して、それも茅に渡し、
「それから、これ、お金。本や、食べ物や、服が買える。
 使い方はわかるな?」
 同じように茅が頷くと、荒野はその場で背を向けて、図書館の外に出た。

 その日も、茅は、荒野が夕食を準備し終える時間までには帰宅した。
 図書館から借りてきた本を貸し出し限度ぎりぎりまで借りだし、抱えて帰ったことと、新しいスニーカーを履いていたことだけが、それまでと違っていた。

 緊急連絡用に携帯くらい持たせるべきかもしれなかったが、今現在、茅が荒野との会話を拒んでいるこの状況で電話を買う、というのもなにかおかしいような気がしたので、もう少し様子をみることにする。
 茅が自分で動き始めた以上、今、荒野が茅にできることは、あまりないように思えた。

 茅が外界に興味を示し、自発的に動き始めると、荒野は、途端にやることがなくなった。
 もちろん、生活をしている以上、炊事洗濯などのルーチンな作業は発生するし、それには相応の時間がとられはする。が、逆にいうと、それ以外の時間は、荒野が自由に使っても構わない、ということであり、それは、今までの荒野の生涯で初めて発生した、「自由時間」だった。
 ある日、朝食を終え、洗濯機を回しながら掃除機をかけ、洗濯物をベランダに干してから、荒野は、ふと、「今日はなにをしようかな?」と思い、自分がそう思った、という事実に対して、愕然とした。
 今まで、当然のように一族の仕事に関わってきた荒野は、物心ついてからこのかた、「上の者の指示を仰いでその通りにする」、という環境を自明のものだと思っていた。
 だが、現在の荒野には、「なにをどうしろ」と命令する者は、いない。
「茅を笑顔にさせる」ことが今回の荒野の目的であり、「その目的ためになにをするのか」という方針や細部の作業の作成までが、一切、荒野に一任されている。
 だが、荒野がこの環境下で、どのように振る舞い、どのような態度で茅に接するのか、という点については未定の部分が多く、これから、荒野が自身で判断し、決定しなければない。
 加えて、……目下の所、茅は、荒野とのコミュニケーションを半ば拒否しており、その状況が変わらない限り、荒野には実質上、やるべきことがない……。

 ……茅が、荒野に対する態度を変更しない限り、荒野には、これ以上他に、やるべきことが、ないのである……。

「全ては、茅次第」という、現在、自分の置かれているた状況の脆さを、再確認した、と、いってもいい……。

 そうした、茅が荒野の助けをあまり必要としていない現在の状況下では、荒野は、自分は暇を持て余すより他、ない……ということに、初めて、気づいた。
 いいかえれば、茅が荒野とまともな会話をするようになるまでは、余した時間に関しては、「なにをやってもいい」……。

 このように「荒野が自分の判断でなにをしてもいい時間」を、荒野はもった経験がない。
 この事に気づいて、荒野は愕然とし、途方にくれた。

 加納荒野という少年は、大抵のことはそこいらの大人よりも巧くできる能力ももつ。その割には、無趣味で……荒野は、「自分のやりたいこと」さえ持たない自分自身の希薄さを、この時、初めて痛感した。

 このようなわけで、いきなり暇になった加納荒野は、昼間、茅が留守にする間、とりあえず興味を覚えた狩野香也の絵を鑑賞するために、狩野家のプレハブに日参するようになる。
 プレハブには、香也が今まで描いた夥しい絵が無造作に棚の上に放置されており、荒野は、それらを手近な位置にあるものから順番に、一枚一枚とりだして眺める、という行為を、とりあえず、行うことにした。

[つづき]
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