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髪長姫は最後に笑う。第二章(5)

第二章 「荒野と香也」(5)

 プレハブの棚に放置されていた香也の絵は膨大かつ多彩……というよりは、バラバラで統一性がなく、タッチも画風もモチーフも一定していなかった。香也は、なんでも描いた。静物、人物、風景など、モチーフも問わなかった。しかし、同じ対象を同じような構図で、タッチのみで描く、ということも何度かやっている。
 例えば、卓上に置いたリンゴ一つを描いただけの絵を、鉛筆画のデッサンが数種類、色鉛筆を使用したものが数種類、水彩で描いたもの数種類、油彩で仕上げたもの数種類残されており、それぞれの画材に対して、印象派風のゴテゴテとした塗りのモノや浮世絵風のディフォルメしたモノ、かなり線を整理したイラスト風のあっさりとしたモノ、写実的なもの、子供の落書き風に荒々しく殴り描いたモノと、数種類描いている。
 荒野は美術作品にまともな鑑賞眼あるとはいえなかったが、それでも香也が、収束的な「完成作品」を目標にして描いているとは、どうしても思えなかった。残された絵を見る限り、荒野の目には、香也は、描くことで自分以外の誰かになりたいという願望を充足させているようにみえた。自分の作風を決めかねている、というよりは、様々な作風を擬態することで、絵に自分の精神を刻印することを恐れているようにも、思えた。
 その癖、このプレハブに膨大な量の作例が残されていることからもわかるように、絵を描くこと、に対しては、偏執的、ともいえる執着をみせている……。

 荒野の、香也の絵に対する鑑賞法はだいたいこのような感じで、プロファイリングか精神分析をしているような見方を、いつしかするようになっていた。

 数日、空いた時間をプレハブで過ごすうちに、二十前後の女性ががらりといきなりプレハブの引き戸を開けて、顔を覗かせた。
「あれ? お客さん? 珍しい。こんなところに」
 ジーンズにセーター、その上にどてらを着込んでサンダル履きの女性は、荒野に向かってそういった。それが、加納荒野と羽生譲の最初の出会いだった。

 平日は夕方遅くまで部活をしている、という狩野香也とは、直接顔を会わせる機会は少なかった。だから、昔から香也を知っているという羽生譲に、荒野は、香也の絵をみて自分が感じたことを説明し、自分の印象がどの程度的を射ているのか意見を聞いてみた。
 たまたまその日は暇だったのか、羽生譲は初対面の荒野の言葉を辛抱強く聞いてくれ、聞き終わった後、「あはは」と笑い出した。
「あー。そーかー。荒野君……カッコいいほうの荒野君には、うちのこーちゃんの絵はそーみえるのかー……」
 羽生譲は、ポリポリと頭を掻きながら、しばらく言葉を捜すように、上空に視線を合わせて沈黙してから、
「まあ、あながち、間違いではないかも知れない」
 と前置きして、ぽつりぽつりと狩野香也について知っていることを話してくれた。

 羽生譲が狩野香也と出会ったのは、羽生譲がたまたま足を向けた、狩野順也の展覧会の会場で、だった。地元の小さな画廊で行われた個展は、順也の絵の販売を目的としたもので、入場料は取られなかった。当時学生だった羽生譲は、順也が父の知人であったことから、その、ひっそりと開催された、あまり注目を浴びていない個展に足を運んだ。
 人の少ない会場で、ある絵の前に陣取り、まるでパントマイムでもしているかのように、熱心になにもない空中で手を動かし、なにかを描いている「振り」をしている子供がいた。
 それが、順也に引き取られたばかりの、子供の頃の香也だった。

 子供の頃の香也は、何十分もそうしているらしく、汗をかきながらも、絵にじっと目を凝らして逸らさず、必死になってなにかを描く真似をしていた。
 子供のすることとはいえ、なにかただならぬ気配を感じた羽生譲は、受付に座っていた女性に、その奇妙な子供のことを問い合わせてみた。
 受付にいた女性、順也の妻である狩野真理は、「その子、わたしたちの子供です」といった後、「あの子はいつもあんな感じですから、ご心配なさらないでも大丈夫ですよ」と請け負ってくれた。
 その子……香也は、事故で両親を亡くしたばかりであり、まだ新婚である狩野夫妻が引き取って育てていること。
 香也は、事故以前のことはほとんど覚えておらず、絵をみると、いつもああして「その絵が描かれた時のこと」を、絵に残された筆の後から想像しながら、延々と何時間も「再現」しつづけるのだという。

「事故にあうまでは、普通の子供だったという話しなんですけどね……」
 今では、香也はほとんど誰とも口をきかず、極端に無表情な、自分の感情を表現しない無口な子供となった。
 ただ、絵に関する執着だけは幼いながらも凄まじいばかりで、手元になにか画材と紙があれば、とりあえず、目前にそのあるなにかを、手当たり次第に描くようになった。
 画材が手元になにもない場合は、ああして、えんえんと「描いた振り」をし続ける……。
 そういう、変わった子供になっていた、と、羽生譲とはその時が初対面になる、狩野真理は説明した。

「お医者さんは、特に異常はみられないし、一過性の執着だというのですけれどもね……」
 その頃の順也は、アウトサイダーアートに興味をもっており、なにか面白そうな創作をしている人がいる、と聞けば、全国各地の精神病院や施設に飛んでいって、実地に作品や描いた者を観に行くような、酔狂な新進画家だった。
 その縁で順也は、香也と、香也が収容されていた施設の職員をしていた真理に巡りあい、しばらくして、順也は、真理にプロポーズした。「香也込み」で。
「あの人、度胸がないもんだから、香也君のことだしにしてわたしを口説いたんですよ」
 と、羽生譲に向かって真理はころころと笑ってみせた。
 香也と養子縁組をするには、ちゃんとした夫婦でなくてはならない。だから結婚して欲しい。順也が真理に行ったプロポーズを要約すると、そういう趣旨になったらしい。当時、狩野夫婦はまだまだ新婚だった。

先生とわたしの親父が結構親しくてさ、それから家族ぐるみの付き合いてのが始まったんだけど、なんだかんだ色々あって、わたしがこっちに押し掛け弟子みたいな感じに居着いちゃったんだけどさ……」
 羽生譲の話しは続く。
「言われてみれば、うちのこーちゃん、今ではかなりましになってきたほうだよなぁ……。
 最初の何年かは、本当、香也君、ぜんぜんなにもしゃべらなかったもんな。
 しゃべらないし、遊ばないし、笑わない。そんな子供だった。
 わたしが話しかけたりしても全然駄目でね。絵に関することにしか、興味を示さない。
 あー。なんてったっけ、天才白痴……さ、サヴァンだったっけ? とにかく、そのナントカ症候群っていったかな、ああいうのじゃないか、って、最初の頃は思ってた」
 実際、ほんの子供の頃から、香也の絵は、技術的にみて「大した物」だったらしい。正確なパース。正確なデッサン。そして、さまざまな画風を模倣する器用さ……。
「で、それも、うちの先生にいわせると、『器用なだけで魂がはいっとらん』ということになるんだけどさ……」
 たしかに、香也の絵には、香也自身の個性というものが、徹底的に欠如しているような印象は、荒野も持っていた。
「出来の良い、既成作品や技法のフェイク」というのが、荒野の、香也の絵への、率直な感想だ。
 でも何故、その「フェイク」に自分が惹かれているのか……それが、荒野自身にも、まるでわからなかった……。

「そうだねえ。わたしもこーちゃんの絵、結構好きだから、そう思うの、よくわかるよ……」
 でもね、と、羽生譲は、荒野の疑問に、そう答えた。
「そういうのは、自分で考えて、自分で答えをみつけないと、意味がないんじゃないかな……。
 たぶん、うちのこーちゃんも答えを捜しているんだと思うよ。
 あれは、あれで……」

『……足掻いて足掻いて、足掻いて見せなさい、若者!』
 と、羽生謙は、力強く、狩野荒野の背中を平手で叩いた。

 ……わたしだって、必死になって足掻いている最中なんだから……。

[つづき]
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