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髪長姫は最後に笑う。第二章(6)

第二章 「荒野と香也」(6)

 茅は、自分で出歩くようになり、現金も持ち歩くようになると、一日に一つづつ、自分で使う小物を買ってくるようになった。
 初日がスニーカー。その次の日が、マフラー。さらに次の日は、皮の手袋……、といった具合に、日を追うにつれ、部屋の中に茅のささやかな私物が増えていく。もちろん、それらは荒野が茅に渡した小遣いで充分に買える程度の値段なわけで、一つ一つはせいぜい数千円くらいの、さほど高価ではない物品だったわけだが、それでも、茅は、持ち帰った小物類を、かなり慎重に、大事そうに扱っているのが分かった。茅は、「自分でなにかを選んで買い物をする」という経験を、今までしたことがなかったはずで、そうした茅の様子をみながら、荒野は、適度な金額だけをわたしてあとは茅自身にやらせる、という方法を選択した自分の判断が間違っていなかったことを確信した。
 茅は相変わらず荒野とは会話をしようとしなかったが、三島百合香や狩野家の人々は普通に話しているそうなので、その辺の心配をするのは止めることにした。
 ……時間がたてば、そのうち、なるようになるさ……。
 荒野は、そう、自分にいい聞かせた。

「この間ちょいと計算してみたんだがな……」
 茅の状態がだいたい落ち着いた時点で、三島百合香との毎朝の会見は「相談」というよりも、「今までおさらい」といった様相を帯び始めていた。三島と荒野が持っている茅に対する情報を振り返り、不審な点や不明確な部分を指摘し合い、考察する……そういう作業をする日が、多くなった。
「茅は、毎週放映される子供向けの番組を、数日遅れでビデオを鑑賞していた。
 ……これが、あの、電気もきていないような廃村で、どれほど大変なことかわかるか? お前」
 三島百合香は、廃村に残されていた発電機を使って、毎週三十分、テレビとビデオを使用した際の電気使用量をまかなう、という前提にたって計算した燃料の消費量を、途中の計算式を示しながら、荒野に説明した。
「もちろん、あの村まで車で乗りつけられたら、どうってことない量だ、ともいえる。でもな、あそこ、一番近い村までも二十キロちょいで、しかもその村には、ここ数年、不審者は目撃されていないって話しだろ……。
 山中の、道もろくにないようなあの場所では、だな、燃料入れたポリタンク担いで何十往復しなけりゃ、毎週一本の三十分番組を子供にみせることも不可能なんだよ……。

 ……それとも、お前ら一族の者なら、それくらい朝飯前なのか?」
 三島百合香の質問に、荒野は、当然、首を振った。
 必要な燃料の確保、のみを専門に行うのなら、なんとかなったのかもしれない。が……自分自身と、幼い子供を養い、なおかつ、必要な食料を確保しながら……ということになると、いくら一族の者の身体能力が常人離れしているとはいっても、出来ることには限りがある。
「そうそう。もっと肝心なこと、その食料のことな。
 二人分、まあ、大人と子どもでもいいや、その二人に必要な食いもんをな、十年以上食いつないでいかせるためには、どれほどの労力と耕作面積が必要か、お前、計算できるか?」
 そういって、三島百合香は、荒野に、やはり簡単な計算式を示してくれた。
 必要とされる栄養素から割り出した、最低限必要される食料の量と、その食料を確保するために使用しなければならないマンパワーは、荒野の予想をはるかに上回るものだった……。
 少なくとも、たった一人で、それも、育児という時間を取られる仕事を平行して行いながらできる仕事量ではなかった。
「おまけに、だ。
 茅は、カレーを知っていた。肉の味も、知っていた。つまり……」
 ……茅の前に姿を出していたのは加納仁明だけだったが、それ以外にも、必要な食料や物資をこっそり運び込んでいたやつらがいたんだよ……。
 三島百合香は、そう断定した。
 一人二人の人間が、閉鎖的な環境で長期間に渡って自給自足を行う、などということは、原理的にみて、とうてい無理なのだ、と。
 茅をあの廃村に閉じこめていたのは、加納仁明個人の仕業ではなく、加納仁明を含めた複数の人間である、と……。
 ……だが、一体、なんのためにそんなことを?

 狩野香也はつい数ヶ月前までは気が向いたときにしか学校に行かなかったそうだが、ここ数ヶ月は、ある女生徒にせっつかれるようになり、なんとなく真面目に通い始めた、という話しで、平日は夜遅くまで帰ってこなかった。
 必然的に、プレハブにいるのは週末や祭日などの学校がない日、または、夕食を済ませてから寝るまでの短い時間に限定され、荒野が香也と話そうと思うと、そうした時間にプレハブを訪れなければならなかった。
 もっとも、荒野が香也と会話することを目的としてプレハブを訪れる、ということはなく、香也は荒野がいようがいまいが淡々と絵を描き続け、荒野も、なにもいいたいことや聞きたいことがなければ、いつまでも、黙って、その背中をみている。
 香也も荒野も、そうした沈黙は、あまり苦にならない性質だった。
 ごくたまに、荒野が声をかけることもあったが、香也は作業の手をとめることなく、ひっそりと簡単に答えるだけだった。
「茅という妹がいてね」
「この間、みかけたよ」
「このところ、機嫌を損ねて、口をきいてくれないんだ」
「そのうち、機嫌を直すよ」
「ちょっと前までは、すっごく表情の読みにくい子だったんだけどね。
 最近は、なんとなく思っていることがわかるような気がするんだ」
「なんか、自分の肉親じゃないみたいにいうね」
「……んー……いろいろ事情があってね。最近まで離れて暮らしていたから……」
「なるほど」
「……で、その妹と初めてあったときにね、『すごく空っぽだな、この子』、と、そう思ったんだ……。
 …………あの、大きくて黒い瞳が、すっごく深くて、みていると吸い込まれそうで……」
「……うん……」
「……おれ、君の絵を初めてみたときも、似たようなこと、感じたんだ……」
 香也は初めて手を止めて、振り返って荒野の顔を見つめた。

「……君が感じたことは、たぶん、正しい……」
 ……ぼくも、ぼくの絵も、空っぽだよ……。

 再び描きかけの絵に向き直った香也の背中が、荒野にそういった。

 その数日間は、なんだかなんだいって、加納荒野の生涯の中でも一番穏やかな日々だったのかも知れない。
 しかし、その平穏な日々も、すぐに終わりを告げることになる。

 数日後の朝、狩野家の門前に、松島楓が落下してきたのだ。

[つづき]
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