第三章 「茅と荒野」(1)
以前、茅とこのマンションに住みはじめた当初、茅は寝間着のまま荒野のベッドのそばに来て、そこで服を脱いで、荒野のベッドに入ってきた。
その夜は、茅が荒野の部屋に入ってきた時点ですでに一糸も纏わない全裸だった。
照明をつけていない薄暗い部屋の中に、漆黒の髪と瞳とは対照的に青白い茅の肌が、ぼうっ、と浮かび上がっている。
当然、荒野は茅が部屋に入ってくる前から茅の気配に気づいていたが、緊張と当惑で体がうまく動かなかった。全裸の茅が実際に部屋に入ってきてからは、茅の存在ん自体に魅入られて、声も出せなくなった。
シミ一つない白い肌も股間の小さな茂みも、誇示するわけでもなく隠すわけでもなく、茅は全てを無防備にさらけ出し、寝ている荒野のそばまですたすたと近づいてきて、無造作に寝具をはぎ取って、中に這い入ってきた。
「……茅……」
以前と同じように、茅が荒野の服をはぎ取ろうとするのに任せながら、荒野はなんとか言葉を絞り出した。喉がカラカラに乾いている。
「……その……前から聞こうと思っていたけど……これ、なに?」
茅は、荒野の服を脱がせる手を一旦止めて、きょとんとした顔で荒野の顔を見上げる。
「……冬は寒いから、肌を合わせて寝るの。仁名とは、そうしていたの。そうしてないと、凍えるの」
茅の返答を聞いて、荒野は、慌てて記憶の中を検索し、茅が発見された廃屋に残されていた物品の中で、「暖房器具」がどれほどあったのかを思い返してみた。
……たしかに、たいしたものは、なかったように思う。
囲炉裏があったので、炊事と暖房の用は、大方それでまかなわれていたのだろう。
ただ、北国ではないとはいえ、真冬の夜間はさすがに冷え込みがきつい地方でも、あった。
だから、冬の間は、人肌で暖めあうのが習慣になっていた……というのは、いわれてみれば、確かに納得できた。
同時に、そうした行為に対して妙に身構えて悶々とし、過剰な意味を見いだそうとした自分の間抜けさ加減にも気がついて、荒野は、一人落ち込んだ。笑いたくも、なった。
「……そっかぁ……。
は。
ははは」
気づいたら、実際に乾いた声を上げている。
「……荒野? ……泣いているの?」
「ん。安心したら泣けてきたかも。
あー。
ここ最近、おれと口をきかなかった理由も、きいていいかな?」
「……荒野、ここ最近、怖い顔していたの……荒野に嫌われるの、怖いの」
茅は、はだけた荒野の胸に、自分の小さな頭を押しつけて、囁く。
「仁明にずっと聞かされてきたの。荒野が、茅を助けてくれるって。ずっと茅の側にいて、守ってくれる人だって……」
……だから、その人に嫌われるのが怖かったの……。
茅は、そう、囁いた。
「……おれ、親父の、仁明のこと全然知らないんだけどさ、仁明ってどんなヤツだった? 良かったら、少し詳しく話してくれないか?」
「複雑な人なの」
茅は、前と同じ事をいった。
「いつも笑っているけど、同時に泣いていて、でも泣いていることをいつも隠そうとしてて……。
……そして、なんだかわからないけど、いつも何かに対して怒っていて、苛ついていた……。
……最近の荒野に、とてもよく似ていたの……」
と、茅は続けた。
『……そうか。おれと、似ていたのか……』
顔も知らない父親と似ているといわれ、荒野は不思議な気分になる。
こういう場合、どういう感情をいだくのが「正しい」のだろうか?
「……おれは、おれだよ……」
声に出しては、そうとだけ、いった。
「茅。
相手がおれならいいけど、他の人とは裸で一緒には寝ないこと。
茅は知らないのかも知れないけど、成人した人間が二人、裸で寝たり抱き合ったりすることには、特別な意味がある」
「これのこと?」
と、茅は、ごく自然な動作で、すでに硬直しているペニスを軽く握って持ち上げる。
「ヒトの生殖行為についての知識はあるの。
でも、多くの文献があるわりには、肝心な部分が、まだ、理解できていないの。受精以外を目的として性行為をする意味が、よく分からないの」
茅は、可愛らしく首を傾げてみせた。
「でも、これは、不思議。
仁明のは小さくて柔らかかったのに、荒野のはこんなに大きいの。
荒野、茅とやりたいの? 今から、茅とやるの?」
茅の表情には、期待もない。恐れもない。もちろん、欲情も愛情も、ない。
『……なるほど……本当に、わからない、のか……』
ただ、強いていえば、ほんの少しの好奇心は、あるようだった。
「茅。そういうことは、さっきもいったけど、特別な人とやるものだ。
……茅は、おれのことが好きなのか?」
「わからないの。
嫌いではない……と、思う。
それに、荒野に嫌われるのは、とても怖いの。
でも、荒野の側にいると、緊張するの。なにもいえなくなるの……」
「おれも同じだ。
茅のそばにいると、普段の自分とは違うんじゃないかと思うくらい、ガチガチに緊張する。
嫌われたくないと、思っていた。今も、思っている……」
「……でも……」
茅は、荒野の胸に両腕を回し、抱きしめた。
「……こうしていると、とても落ち着くの……。
仁明とはそうでもなかったけど、荒野とだと、とても安心するの……。
……だから……」
……ここ何日か、話せなくて、つらかったの……。
と、茅は、言葉を続けた。
「いいよ。こうしてくっついてれば茅が落ち着くのなら、いくらでもくっついていなよ……」
でも、眠い。今日は昼間、久々に、いい運動をしたからな……。
「……でも、ごめん、茅。
もっといろいろ茅と話したいけど、今日は、もう眠い。もう寝る」
……続きは明日……。
小声でそう呟くと、荒野はすぐに微睡みの奥に意識を沈めていった……。
「……おやすみ、荒野……」
どこからか、茅の声が聞こえてきた……ような、気がした。夢、だったのかも知れない。
「……やっと、ようやく、荒野と普通に話せたの。
これからもいっぱい、お話したいの……」
[
つづき]
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