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第三章 「茅と荒野」(2)
翌日、荒野はキッチンの方から聞こえてくる包丁の音で目を醒ました。体内時計によると、たぶん、いつも起きる時間より、二時間ほど遅い。携帯電話の液晶を確認すると、荒野の体感した時間は、かなり正確だった。
気が緩んだせいで、いつもより熟睡したのだろう。
『……ええっと……』
自分はここにいる。ということは、……。
『……茅が、料理している?』
除去法で判断すれば、そうなる。
のろのろと起きあがって服を着ていると、荒野のエプロンを着た茅が、荒野の部屋に入ってきた。
茅の恰好をみて、荒野は絶句する。
「……茅……その恰好……その、どうして、……エプロンしか、つけてないんだ?」
「先生が、『こうすれば荒野が喜ぶ』といってたの」
……あの先生、茅が素直に信じ込むのをいいことに、滅茶苦茶な知識をこっそり植え込んでいるのか?
「荒野、こういう恰好、嫌い? 喜ばない?」
「好きか嫌いかといったら……うーん。どちらかといえば……好きなほうだ……と、思う。……たぶん」
『さて、どう説明するべきか……』
考えつつ、荒野はゆっくりと説明する。
「だが、間違うな、茅。
その恰好そのものよりも、そういう恰好を自分のためにやってくれる女性がいる、というシュチュエーション自体がいいわけであって、すでに茅は、おれのために、おれを喜ばせようと思って、そういう恰好をしてくれた。
それだけで、おれは満足だ。
だから、今後、そういう恰好をする必要はない。これっぽっちもない。微塵もない。
それとも、茅自身が、そういう恰好で歩き回るのが好きなのか? だったら、止めやしないが」
「茅、この恰好、全然好きではないの。これ、すーすーして涼しすぎるの」
「そうだな。では、今後、この部屋の中では、そういう恰好をしないように。
はい。服を着てきなさい」
「わかった。
それから、荒野。ごはんできてる」
「これから、ありがたくいただくよ。
一緒に食べよう」
こくん、と頷くと、茅はきびすを返し、平坦な節回しで「おっとこーのゆっめだーはだかエープロン」と歌いながら去っていった。
荒野は、今後、どういう仕返しをしたら三島百合香を抑えられるのか、効果的な抑制法を、本気で模索しはじめた。
茅が作った朝食は、焼き魚に納豆、味噌汁という極めてベーッシックな和食で、格別にうまいというわけでもなかったが、ごく普通な感じが、荒野にはかえって好感が持てた。
食後のお茶を堪能してつろいでいるところに、三島百合香が訪ねてきた。今日は三人でマンドゴドラへ挨拶にいく予定である。
「先生。面白がって茅に変なこと吹き込むのはやめろ」
三島の分もお茶をいれ、荒野は、おもむろに切り出した。
「それから、これからの相談事は、茅も含めて三人で話し合う。
そう、決めた」
「お、荒野。一晩で随分さっぱりした顔になったな。ついに茅とヤッか?」
「ヤッてないし、仮にヤッたとしても、先生にいちいち報告する義理も、義務も、ない」
「なんだ。ノリの悪いヤツだな。
……ま、いいか。
じゃあ、今日から茅は、お前が保護する対象じゃなくなったんだな」
三島百合香はいろいろ問題は多いが、これで勘がいい。会話をしていて、打てば響くような感触を得ることがある。
「そういうことだ。
これから、茅は、おれと対等の相棒だ」
「それならそれで、かえってやりやすい。むしろ、遅すぎたくらいだ。
荒野。
お前が漠然と予想しているよりも、茅は頭いいぞ」
湯飲みを傾けながら、三島百合香はそう断言した。
三人で他愛もないことをしゃべりながら小一時間ほどかけて駅の方に向かう。日曜の朝、ということもあって、人通りは少なかった。良く晴れて、空が高かったが、底冷えのする寒い朝、だった。
商店街のはずれにある洋菓子屋マンドゴドラの店舗は、ごく小さなものだった。売り場の、道路に面した側がガラス張りになっており、そこに十脚ほどのカウンターが設置されていて、ソフトドリンクも売っている。やはり、持ち帰り用の商品がメインだったが、そのカウンターで飲食も可能な構造になっていた。
開店時間まで数十分、という慌ただしいはずの時間帯なのに、店の前を掃除していた、高校生ぐらいの女性に声をかけると、店内のカウンターに案内され、すぐに中年のマスターが店の奥から出てきた。
「や。あんたらがそうか。話しは聞いている。なるほど、二人とも美形だなあ」
好奇心を隠そうとはせず、荒野と茅に、じとじとと視線を這わせた。
「でも、あんまり見ない顔だな。本当にこのあたりの人? 東京あたりの、本職のモデルとかタレントじゃないの? うちもそうだけど、この商店街なんか相手にしたって、金になんかならないよ。見ての通り、半分寂れかかっているんだから」
「別に金銭を要求しているわけではない」
「や。あんた、大人? てっきりこの子らが、知り合いの子供を預かっているのかと思った」
「どちらかというと、わたしのほうがこの子らを預かっているのだがな」
子供扱いされることに慣れているのか、三島百合香は冷静に免許証を取り出して、マスターの前にかざす。
「それに、つべこべ言わず、この子らにケーキもってこいって。こいつら、ケーキさえあれば、大抵のことは黙ってやるから。そんで、この子らの食べる顔、とくと見てみなって。なんにも言えなくなるから」
その通りになった。
ケーキを口に含んだ二人が相好を崩す様子を見て、マスターは口をしばらくぽかんと開け、たっぷり数十秒絶句し、その後、腹を抱えて笑い出した。いえ、比喩ではなく、本当に、そうした。
「わかったわかった! 君ら、本物だ! 一年でも幾つでも無料で商品を進呈する。でも、できれば、この店にきて、このカウンターに腰掛けて、外にいる人に見せびらかすように食べて欲しい」
この日から、茅はマンドゴドラの喫茶室の常連になった。
図書館から借りた本をカウンターに積み上げ、幸せそうな顔をしてケーキをパクつく茅がカウンターにいる時間は、マンドゴドラの売り上げが、確かに、伸びた。何日かに一遍は、荒野も隣に座った。
その年の年末、「よくマンドゴドラのカウンターに座っている、少女と少年」の噂が、口コミで、近隣の中高校生の間に広まっていった。
ほぼ同じ頃、夕方になると出没するサンタとトナカイのチラシ配りの活躍で、商店街の人出が、徐々に増えつつあった。
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つづき]
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