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髪長姫は最後に笑う。第三章(3)

第三章 「茅と荒野」(3)

 マンドゴドラから帰ると、近くの道路に才賀総合運輸のロゴが荷台に書かれた四トントラックが何台も横付けされていた。お揃いのつなぎを着たドライバーたちが、才賀孫子の指揮で荷物を選別したり、お隣りの狩野家に運び込んだりしている。
 その大きなトラック群の間をすり抜けるようにして、よたよたと二トントラックがマンションの搬入口に横付けされる。
 荒野たちが共用部分の入り口を開けようとしていると、
「あ。ちょうどよかった。加納さんの家の方々ですか?」
 と、声をかけられた。
 昨日、狩野真理に連れられて買ってきた茅の服が、届けられたのだ。
 二トントラックから次から次へと部屋に運ぶ込まれる服の量を目の当たりにして、荒野は、目眩を覚えた。
 カジュアルなものからスタイリッシュなもの、それに、フォーマルなもの、と、様々な場に合わせられるように選んで貰ったのはありがたかったし、そっちの方面にあまり興味がない荒野からみても、どれも茅に似合いそうな服を選択をしている、と、思う。
 だが、いかんせん、量が多すぎる。
『……真理さん、張り切りすぎ……』
 マンションに備え付けのクローゼットに納めるのには完全に多すぎる量で、結局、二LDKのうち、茅の部屋として割り当てていた一室をまるまる使って、ようやく収納した。これで、茅の部屋はほとんど物置状態になり、居住スペースをほぼ完全に殺された形になる。つまり、茅は荒野と寝起きを共にするよりほか選択肢がなくなる。別に不都合はないが、選択の余地があるのとないのとでは、気分的になにか違うような気がした。
『……なんか、なにげにどんどん外堀が埋められているような気がする……』
 荒野は悩みつつ、どこか、安堵するような気分も味わっている。

 搬入された荷物を三人がかりでなんとか整理し終えると、なんとなく、「三人で最初の会議を」ということになった。
 茅が「発見」されるまでの状況を、茅に説明し、遺留品のリストなども見せる。
 その上で、茅の話しを聞く。
 と、いっても……。
「……付け加えるべきことは、別にないの……」
 基本的に、茅と加納仁明が生活していたあの廃村での生活は、単調なものだった、という。
 住人は二人だけ。茅は、あの村から出るまで、仁明以外の人間をみたことがない。仁明は、田畑を耕したり、家屋の修繕をしたり、茅の相手をしたりしていた。茅の記憶する限り、仁明が村をでたことはなかった。仁明以外の人間が村に入ってくることも、なかった。本やビデオはみていたので、村の外に別の、大勢の人間たちがいて、社会を作っている世界があることは、知識として知ってはいた。ただし、まったく実感を伴わない知識だったが。

 あの村から出るまで、茅にとって世界という言葉は、「仁明と茅の二人しかいない村」と同義だった。
 茅の目には入らなかったが、仁明以外の協力者がいたことは確かだ、と、茅はいう。
 定期的に燃料や食料、雑貨などを運び込んで来ていた者……おそらく、複数の人間が、いたはずだと。
 ただしそうした物資は、茅が寝ている間にこっそり補充されているので、茅は、どんな人間が運んできているのか、まったく知らなかった。仁明にも訊ねてみたが、
「茅が気にすることではない」
 といわれるばかりだった。

 茅の教育も、当然、仁明が行った。
 数カ国語の読み書きや計算や数学、初歩的な科学知識、歴史……など。
 三島百合香によれば、茅が修得した知識はだいたい義務教育終了相当、分野によっては、高校レベルを越えている分野も、あるという。
 茅の現在の年齢を考えれば、若年時の詰め込み教育に近いものだが、特定の才能だけを突出して伸ばそうとした英才教育では、ないようだった。
 茅が仁明から与えられた知識は、基本的には「広く、浅く」であり、その途中で茅が興味を覚えたことを、さらに細かく教え込む、という形をとった。だから、現在の茅の知識に偏りがあるとすれば、それは大体、茅自身の興味に即した偏向、ということになる。
 最後の数年は、茅の質問に仁明が答えられないことも、少なくはなかった、という。
「いろいろな知識を得るのは、楽しかったの。でも、仁明から学べるものが少なくなってきたので、少し退屈しはじめた頃だったの」
 仁明が村から、つまり、茅の前から、姿を消したのは。

 茅の前から姿を消す前日、仁明は茅にいった。
「茅、お前は、この閉ざされた場所で、全てを受け取り消費することで、今まで生きてきた。明日、お前を養ってきたおれは、お前の前から消える」

「理由を聞いても、教えてもらえなかったの」

 ただ、加納仁明は最後にこういった。
「これからどうするか、どう生きるのか。
 それを選択するのは、お前だ。
 お前が望めば、加納荒野という男……いや、まだ少年か……が、お前を守り、お前の側に居続けるだろう。ちょうどおれが、今までお前にそうしていたように。荒野は、おれの息子だ。だが、今は、お前の存在すら、知らない……」
 おれに似ているかどうかはわからないが、母親に似ていれば、お前とは対照的に白い髪をしているから、会えばすぐにわかる、とも、つけ加えた。

 そして仁明は、次の日茅が目を覚ますと、その言葉通り、姿を消していた。

「それからずっと、寝ていたの」
 わずか数日分しか残されていない食料を食い延ばしたところで、たかが知れていると思った。村の外にでていく、という選択肢は、思いもつきもしなかった。村の外、など、本や映像の中だけの、架空の世界だと思っていた。
 加納仁明と茅しかいない世界から、仁明が姿を消し、なにかを与えられることしかしらない茅が、抜け殻のようになって残された。

 何日か過ぎて、助け出されても、助けられた、という意識を持つこともできなかった。周囲の人影は、みな、本やビデオの中にのみ存在する、架空の世界の住人に思えた。
 話しかけられる言葉は理解できたが、返事をする気にはなれなかった。
 彼らと自分とは、住む世界を異にする住人だと、ずっとそう思っていた。

 妖精の国の一人だけ迷い込んだ人間。
 あるいは、妖精は自分のほうで、今は、なにかの間違いで、人間の国に迷い込んでいるのか?

 そんな気分でうつらうつら過ごしているうちに、あっという間に数ヶ月の時間が過ぎ去る。
 そして、ようやく……。
「白い髪の、仁明によく似た少年……荒野が現れたの……」
 荒野の顔をひとめ見たとき、茅は、知らず知らずのうちに涙を流していた。

「……これで、生きられる……。
 そう、思ったの」

 仁明に依存することで生きていた茅の前から、仁明が消えた。
 それは、茅にとって、天災か神罰に近い、衝撃的な出来事だった。
「仁明がいった通りの少年、仁明の息子だと名乗る荒野が、ようやく目の前に現れたとき……」

『……許された……』
 茅はそう思った、と、いう。

 生きることを、許された……と。

[つづき]
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