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彼女はくノ一! 第三話 (10)

第三話 激闘! 年末年始!!(10)

「……はぁ。人に歴史あり、ですねー……」
 松島楓はそんなような相槌をうった。
「そうそう。
 わたしがここにお世話になりはじめた頃は、先生も真理さんも新婚だったし、こーちゃんはこーんなちいさかったし……」
 羽生譲は、自分の胸のあたりで手のひらを水平にして示す。
「……それが今では、こーんなに背ぇばかり延びちゃって……」
 今では、香也と羽生譲の背丈は、さほど変わらない。香也は、たぶん、同じ年齢の子たちに混ざっても、長身のほうだろう。
「……狩野君って、どんな子供だったんですか?」
 樋口明日樹が、おずずと尋ねる。
「それが、全然しゃべらない子でねー。今と同じで、絵ばかり描いてた。まともにしゃべれるようになったのは、本当、ここ最近だよ」
 特に、明日樹がこの家に出入りするようになってからは、めっきり口数が増えた。
「それまでは、必要最低限のことしかしゃべらなかったもんなぁ……」
 家でもあんな感じなのか、と、同級生の柏あんなは思った。
「さあ、雑談は終わり。気を引き締めてラストスパートいこー!
 もうすぐ敵を殲滅できるぞー!」

 全ての原稿をしあげるのに翌日いっぱいかかった。戦いを終えた戦士たちはそれぞれの生活に戻り、羽生譲は、原稿の梱包と送付を香也に任せると、そのまま泥のように眠った。
 さらにその翌日、原稿は、無事、印刷所に送付された。

 夜中、二人のサンタが商店街の裏の小道で話し込んでいる。
 才賀孫子と、羽生譲市だった。
「……はぁー……娘がそんなことをねー」
 才賀孫子の話しを聞くと、羽生譲市は深々とため息をついた。
「……あ。いや、基本的に、間違ってはいっていないんだが……そうか。狩野のところに世話になっていると聞いたが……元気にやっているのか……」
「問題のすり替えはおやめなさい!」
 孫子は、羽生譲市を叱咤した。
「なんで、自分の子供を省みずに失踪などしたのです! 実の親子でしょ!」
「……お嬢ちゃんには、まだ、わからないだろうなぁ……」
 羽生譲市は苦笑いを顔に浮かべ、ゆっくりと首をふった。
「こっちは借金にまみれて、闇金にも追われている身。そこに、年頃の娘を連れていったら、食い物にしてくれといわんばかりだよ。譲のためにも、あそこで関係を絶っておくのが、正解だったのさ……。
 そろそろほとぼりが冷めたかな、と、様子をみに帰ってみれば、すぐにとっつかまってお嬢ちゃんに助けられるような始末だし……。やっぱ、このままもう何年か逃げるのが吉、かなぁ……」
「……この上まだ、逃げ続けるつもりなのですか!」
 孫子の柳眉が、逆立った。
「せめて、一目でも、自分の子供に会いたいとは思わないのですか?」
「思うけど……なあ。今のおれがあいつに近づくと、あいつに迷惑がかかる。これまでだって、あいつには父一人子一人で長いこと迷惑かけてきたんだ。これ以上は、なあ……。
 お嬢ちゃんの話しでは、なんか、思ったよりちゃんとやっているようだし、安心したわ……。
 ありがとうよ、お嬢ちゃん。いろいろ心配してくれて。ここいらが今回の潮時だ。もう何年かほとぼりをさまして、もう一度様子をみにくるよ。
 ま、そんときまで譲がここにいるって保証もないけどな」
 片手を上げて立ち去ろうとする羽生譲市の背中に、才賀孫子は声をかけた。
「……百戦して百勝する者は、善の善なるものにあらず……」
「……ん?」
「わたくしの名前の由来、孫子の一節です。平たくいうと、
『百戦して百勝するようなやつが、善人のわきゃねーよ』
 というほどの意味です」
 才賀孫子は、昂然と胸をはって、名乗った。
「わたくしは、才賀孫子。何百年も勝ち続けた才賀衆の末裔。
 当然、才賀の一員であるわたしくしは善人ではありません。
 それでも、わたくし、才賀の姓にも、亡きお父様がつけてくださった孫子という名にも、誇りを持っておりますの……。
 そして……」
 ミニスカのサンタが、もう一人のサンタを抱えて、跳ぶ。
「……才賀も、孫子も……目的のためには、手段を選びませんの!」

 羽生譲市を抱えた才賀孫子は、聖夜の近い寝静まった住宅街を、一足に五、六メートルほど跳躍しながら、飛ぶようにして、加納家に帰った。

 才賀孫子が無理矢理連れ帰った父、羽生譲市と再会した羽生譲は……。
「……このぉ!」
 とりあえず、渾身の力を込めて、父、羽生譲市をぶん殴った。
「馬鹿親父ぃ! 今更、どの面さげて、帰ってくるかぁ!」
 吹っ飛んだ羽生譲市のボディに、さらに、げしげしと蹴りを入れ続ける。
「そんなに借金取りが怖いか! そんなもん、二人で返せばいいこったろ! なんにも言わずに勝手に消えちまいやがって! この! 馬鹿! 親父! がぁ! 消えろ! 消えちまえ! このまま、目の前からいなくなれって!」
 しばらくして、肩を上下させながら、動きを止め、予想もしていなかった展開に目を見開いて固まっている才賀孫子のほうに向き直る。
「あ、どうもな。ソンコちゃん。おかげですっきりしたわ。いや、分かっている。いいたいことは、よーく分かっている。でもな、その、感情的なアレってのがあるだろ? いろいろ事情はあったにせよ、仮にも、こっちは捨てられた身なわけだし……。
 ほら。いつまでもそんなところ寝てないで、とっとと起きろ馬鹿親父。
 いいか。もうこっちには近づくな。こっちはもう、大丈夫だから。別に勘当したわけじゃないだから、会いたくなったら真理さんにでも電話で連絡しろ。そしたら、こっから離れた所で会うから……」
 羽生譲は、父、羽生譲市を助け起こしてから、再度、才賀孫子に頭を下げた。
「本当にありがとな、ソンコちゃん。
 今日はもう遅いし、お互い、まだ疲れも残っているだろうから、ぐっすり寝よう。
 明日から、商店街のクリスマス・ショーの練習だ。なんだかんだで本番まで時間ないから、気張っていこうな!」
「……わたくしの名は、ソンコではなくてソンシです……」
「ああ! ごめんごめん! いままでゴスロリ子ちゃんで通していたもんんだから、つい!」

 ともあれ、その夜、羽生譲は、才賀孫子のことを、はじめて本名で呼んだ。

[つづく]
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