第三章 「茅と荒野」(6)
「……と、いうわけなんだが……」
最後に荒野は、茅に打診した。茅が拒否してくれればいい、と、かなり期待をかけながら。
「……どうする? 茅が嫌だっていうんなら、すぐにこと……」
「別に、構わないの」
茅はあっさりと、荒野の密かな期待を砕いた。
「マンドゴドラのケーキ、おいしいし、大好きなの。売れてくれると嬉しいの」
「…………わかった。そう、伝えておく」
荒野は、がっくりとうなだれた。
マンドゴドラは内装をクリスマス・モードに切り替える時、店頭の、喫茶室の天井に、大型液晶ディスプレイを設置した。
ショーウインドウのガラスに白い塗料で、雪の結晶やトナカイなどの記号化された吹き付けがしてあり、天井からつるされたディスプレイに茅と荒野が見つめ合いながらケーキを食べ続ける映像がひたすらリピートされる。そして運が良ければ、そこのカウンターにディプレイに映っている人物と全く同じ人物が腰掛け、幸せそうな顔をして、ケーキを食べている場面に遭遇する……。
そういう案配に、なるはずだった。
しかし、ちょうどマンドゴドラがその内装に切り替わった翌日、それまでよく店にきていた長髪の女の子とプラチナ・ブロンドの男の子は、途端に何日か姿を見せなくなった。
この不在は、実はただ単に、茅と荒野がお隣り狩野家の戦場にかり出されていたために発生しただけなのだが、彼らの存在に好奇の目を向けていた人々の間に軽い衝撃を走らせ、その後、さまざまな憶測を生むことになる。
それまで毎日のようにマンドゴドラに通っており、彼らの消息をチェックしている隠れファンは、意外と多かった。
そんなことを知らない茅と荒野は、狩野家の一室で目の前に広げられたエロマンガの原稿を実地に見て、絶句していた。荒野は呆れ返っていおり、茅は、例の神秘的に見えないこともない無表情で、じっと書きかけの原稿用紙に見入っている。
最近、ようやく茅の微妙な表情の変化を見分けれれようになってきた荒野は、茅が、自分のようにあきれているのではなく、純粋にその原稿に描かれている内容に対して、好奇心をもっているのだ、と、判断した。
「…………これ、なんだ?」
しばらく絶句してから、荒野は、自分たち二人を連れてきた三島百合香に尋ねた。
その場には他の者たちもいたが、皆、そろって余裕のない表情をして、黙々と自分の仕事を遂行している。なにげに真剣そうで、軽々しく質問を差し挟める雰囲気ではなかった。
「なにって、エロ同人の原稿だろ。あ……。そうか。お前、日本のそっち系の文化に疎かったな……いいか、まず、日本には何十年か前から同人とかいうアマチュアの……」
三島は、荒野たちのために『コミケとはなにか?』とか『同人誌とはなにか?』といった基礎知識から、伝授しなければならなかった。荒野はかなりうんざりした様子で、茅は興味津々といった感じで、三島百合香の説明を聞く。
「……大体の所は、わかった。
ようするに、そういう、かなり大規模ななんたらマーッケットというのがあって、そこで売るための本の中身を、今、作っているんだな?」
途中で、荒野が三島の説明を遮り、絶叫する。
「でもこれ、ポルノじゃないか! それも、チャイルド・ポルノ! こら、君たちも、こんなの見てなんとも思わないのか!」
そいいって、いかにもろりぷにーなアニメ絵の女の子が責められて涎を垂らしてもだえている原稿を指さす。荒野は、そういうものへのタブーがきつい文化圏で育った期間が長いので、ついつい声が大きくなる。
「えー? 萌え萌えーじゃないですかー」
と、柏(姉)。
「うーん。実物とは全然ちがうしー。いやらしいというよりは、笑っちゃう?」
と、柏(妹)。
「所詮、絵だし。すぐに慣れました。それに最近の少女マンガも、結構過激な描写ありますよ」
と、樋口明日樹。
「お仕事」
と、才賀孫子。
「任務なのです」
と、松島楓。
「これも、お金のため」
と、羽生譲。
「あのー……これ、描いたの、ぼくなんだけど……」
と、狩野香也。
「……この程度のことで目くじらたてるなよ、少年……」
三島百合香は、ちっちっち、と指を振った。
「……いわゆる、絵空事の話しだろ? 現実に性犯罪を行っているわけでも、推奨しているわけでもないんだ……」
「……だって、こんなの、茅への悪影響……」
「その茅は、結構好きみたいだぞ、こういうの」
三島が指さした先を見ると、茅は、中性的な、線の細い男同士が絡み合っている原稿を手にとって、まじまじと読みふけっていた。
血の気の引いた顔をして、荒野が絶句する。
「……あのー……ちょっと、いいかな?」
顔だけは知っている、香也とよく一緒に学校にいっている眼鏡の少女が、片手をあげて、いった。樋口明日樹のほうも、自己紹介とかしあったわけではないが、狩野家によく出入りしている兄弟の顔は、知っている。
「……こういうこと、いっちゃっていいのかな?
そっちのほうの加納君って、さ……ひょっとして……シスコン?」
さらに顔をひきつらせる荒野。
きょとんとしている茅。
大爆笑する三島百合香。
「わあー。ゆず先輩がいった通り、本当に、白猫君と黒猫ちゃんだー」
しばらく間を置いて、少し年上の眼鏡の女性が、タイミングを見計らったようにそういったことで、凍り付いた時間が再び動き出した。
軽い自己紹介大会がはじまり、その後、荒野は憮然とした様子で、茅は結構ノリノリで、戦列に加わった。
荒野と茅は、結局三日間、その戦場で「最後の追い込み」という敵と戦った。
強敵だった。
『……才賀と加納が肩を並べてこんなことするなんて、後にも先にもこれっきりだろうなぁ……』
黙々と作業をしながら、荒野は、そう思った。
この時点で荒野は、コミケが夏と冬、年二回開催されることを、知らなかった。
三日間、自宅と狩野家を往復するだけの生活をして(その間の食事は、三食用意してもらえた)、 再び二人で出歩くようになると、茅と荒野は結構有名人になっていた。
「あー。ケーキ屋さんの猫さんたちだー」
と、道端で、見知らぬ五歳くらいの子供に指さされたのをきっかけに、二人が通った後で、指をさされてひそひそ噂話のネタにされているような気配がありありと伝わってくる。
ひさびさに立ち寄ったマンドゴドラでは、いつもは厨房にこもって店頭には顔を出さないマスター自ら、二人を出迎えた。
「お。来た来た。どうした、しばらくご無沙汰だったじゃないか。ようやく、スターたちのご来場だ。いや、ここ二、三日、お客さんから君らのこと聞かれっぱなしで難儀したよ」
と、挨拶をされた。
「なんでも、いくつでも食っていいからな。
遠慮せず、注文してくれ」
上機嫌であるところをみると、売り上げにも貢献しているのだろう、と、荒野は、そう判断する。実際には、普段の売り上げはもとより、クリスマスケーキの予約も平年の五割り増しになっていたりする。
「あのー……」
ようやくカウンターに座ると、
「……サイン、いただけますか?」
ティーンエイジャーの女の子数人に囲まれ、質問攻めになった。
「いや、おれら、モデルとかタレントとか、芸能人じゃないっすから。サインとか、そういうのは……。はい。最近日本に帰ってきた、帰国子女ってやつっす。来年から、近くの学校に通う予定……単なる、学生です……」
今、香也たちが休み……ということは、他の、同年代の人々も休暇で、暇を持てあましている時期なのだ……ということを、荒野は失念していた。
茅は、対応に忙しい荒野には構わず、黙々と、久々のケーキを堪能していた。
[
つづく]
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